京都大学は、「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」患者の主訴である「労作時呼吸困難」に対して、鍼治療が有効であることを実証したと発表した。
成果は、京大医学研究科の室繁郎講師、同三嶋理晃教授、明治国際医療大学鍼灸学部の鈴木雅雄准教授、同志社大学文化情報学部の大森崇准教授、北野病院呼吸器内科の福井基成部長、兵庫県立尼崎病院呼吸器内科の平林正孝部長、赤穂市民病院呼吸器科の塩田哲広部長(現八鹿病院)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「Archives of Internal Medicine」に掲載された。
COPDは、本邦では530万人以上いると推計されており、世界保健機構(WHO)の報告では2020年には死亡原因の第3位になると推定されている疾患だ。
COPD患者の多くは喫煙が原因となり、40歳以上で発症し進行性に病状が悪化していく。初めは階段を上るなどの運動時の息切れや慢性の咳、痰が続くが、進行すると入浴、排泄、食事などの軽作業でも息切れが起こり、ひどい場合には臥床を余儀なくされる場合があり、患者のQOL(生活の質)を低下させている。従って、COPDのガイドラインにも息切れを管理することが重要であると報告されているところだ。
これまで、鍼治療では痛みの治療に対して効果を発揮してきたが、息切れも痛みと同様に患者が自覚する感覚のため、鍼治療でも有効であるという説があった。
また、鍼治療が気管支喘息にも臨床的に用いられて来た経緯もあり、研究グループは、COPD患者の労作時の息切れに対して、「鍼治療が有効であるか」ということが調べられたのである。また、COPD患者のみを対象とした鍼治療の研究は世界で初めてだ。
画像1に示されているように、この研究では労作時の息切れを有する68例のCOPD患者を対象に、薬物治療などに鍼治療を加える群(鍼治療群)と薬物治療などにPlacebo(プラセボ:偽鍼)鍼治療を加える群(画像2)の2グループに分けて12週間の鍼治療を行い、鍼治療開始前と12週後に歩行時の息切れや呼吸機能、QOLなどの変化が調べられた。鍼治療は両群ともに同様の経穴(ツボ)を使用した形だ(画像3)。
なお息切れの測定は、直線距離で30m以上ある廊下を6分間最大限の努力で歩行し、その際の度合を画像4の「息切れスケール(Borg scale)」を用いて評価を行い、さらに歩行距離、動脈血酸素飽和度、脈拍なども評価する試験とし行われた。
画像5に示すように、12週間の鍼治療期間後では、Placebo群(4.2±SD2.7から4.6±SD2.8、+0.4)に比較して鍼治療群(5.5±SD2.8から1.9±SD1.5、-3.6)では有意に6分間歩行試験における労作時呼吸困難の改善が認められた(mean difference by analysis of covariance, -3.58;95% CI, -4.27to -2.90)。さらに、6分間歩行距離もPlacebo群と比較して有意に改善が認められた形だ。
画像6は、6分間歩行試験中の動脈血酸素飽和度と生活の質(QOL)を示したものである。COPDでは健常者と比較して、歩行中に血中の酸素飽和度が低下し、さらに生活の質(QOL)が低下するという。
今回の結果では、12週間の鍼治療期間後では、Placebo群と比較して鍼治療群では有意に歩行中の動脈血酸素飽和度が改善し、生活の質(QOL)の改善が認められた。
画像7では、栄養の評価を示する。COPDは健康成人と比較すると呼吸運動に使うカロリーが多いことがいわれている。また、患者の中には食事でも息切れを起こす場合があり、栄養不足から体重が減少する。
今回の研究では栄養の評価として、BMI(Body Mass Index)と血液中の栄養タンパク(pre albumin)が測定された。12週間の鍼治療期間後では、BMIとPre albuminはともにPlacebo群と比較して鍼治療群では有意に改善が認められた。
今回の研究は、COPD患者の主訴である労作時の息切れをターゲットに絞ったものだ。COPD患者にとって労作時の息切れは最も切実な悩みとして挙げられている。
そして今回の研究による鍼治療では、COPD患者の息切れの改善に鍼治療が有効であったことを立証した。さらに、鍼治療には労作時の酸素状態の改善、生活の質の改善、栄養状態の改善も認められた形だ。
しかし、今回の研究は12週間という短期的な効果を検証したにすぎず、今後は大規模な研究や長期的な研究を行う必要があると考えられると、研究グループは述べている。
COPD患者への対応は現在では現代医療のみであり、治療効果が頭打ちになっているケースや重症化しているケースがある。研究グループは、現代医学に日本独自の伝統医療(東洋医学)を融合させることで、患者の苦痛を軽減させることができると考えられるという。また、実地臨床に即応用できる点から、広く社会に発信すべき研究成果と考えているとしている。