情報通信研究機構(NICT)は5月24日、地上波テレビジョン放送周波数帯(470~710MHz)において、無線機がインターネット上に設置された専用データベースに「ホワイトスペース」について問い合わせ、その結果に基づいて運用周波数を設定し、通信を開始することが可能な無線通信ネットワークの実証実験に成功したと発表した。
ブロードバンド通信に対する需要の拡大に伴う周波数のひっ迫に対応するため、既存無線局に影響を与えないホワイトスペースを無線機が探し出し、既存無線局と周波数の共用(周波数の二次利用)を行う「ホワイトスペース無線通信ネットワーク」が世界的に注目されている。
ホワイトスペースとは、本来は放送用など、ある目的に割り当てられているが、地理的条件や時間的条件によって、ほかの目的にも利用可能な周波数帯のことをいう。
ホワイトスペースは、その周波数の利用がない場合や本来のシステムに与える影響が十分に小さい場合、ほかのシステムが放送や通信の目的で二次的に使用することが検討されている。
外国では、技術基準を検討している国や標準仕様の策定も行われており、例えば、米国FCCや英国Ofcomなどの規制当局では、テレビジョン放送周波数帯における周波数の二次利用を想定し、二次利用者が既存無線局のデータベースを用いて運用周波数を決定する方式が検討されている状況だ。
日本でも、総務省ホワイトスペース推進会議が取りまとめた「ホワイトスペース利用システムの共用方針(2012年1月24日付)」の中で、UHF帯(地上テレビジョン放送用周波数帯)において、のホワイトスペースにおいて、高度化したエリアワンセグシステム及びセンサネットワークシステムなどの実用化が可能となるよう、必要な無線設備の技術的条件や既存無線局と周波数を共用する通信システムが提案されている。
現在、そのシステム実現のための課題の洗い出しや技術開発が進められている状況だが、日本ではデータベースと連携したホワイトスペース通信の実証実験は行われていなかったのである。
NICTでは、今回、既存無線局(一次利用者)と周波数の二次利用者との間の干渉レベルを自動計算し、二次利用が可能な周波数の情報を提供する「ホワイトスペースデータベース」と、そのデータベースに問い合わせた周波数に設定変更してブロードバンド通信を行う「無線基地局」と「端末」の開発に成功した。
さらに、それらのホワイトスペースデータベースと無線基地局・端末を統合し、地上波テレビジョン放送周波数帯において、一次利用者に影響を与えない周波数を自動的に選択して無線通信を開始できることを実証実験により確認したのである。
ホワイトスペースデータベースとは、ホワイトスペースとして二次利用者が利用可能な周波数を、一次利用者の情報(送信所の場所、周波数、送信電力など)や地形情報等を考慮し、一定の計算基準に基づいて選択して、その結果を二次利用者からの問い合わせに対して返答する装置または機能を指す。
ホワイトスペースを選択する方式として、まず無線機がセンシングのみによって利用可能な周波数を判断する方法がある。しかし、それには無線機が高性能なセンシングデバイスを持つ必要があり、また二次利用者が持つ情報のみでは一次利用者に与える干渉量の推定が困難であるなど、小型な無線機として実現するには高いハードルが問題だ。
その問題を解決したのが、今回開発されたデータベースと連携するホワイトスペースの利用方法であり、より現実性が高いと考えられている。
その今回開発されたデータベースは、IETF PAWSで議論されているドラフト仕様に準拠したプロトコルにより、無線基地局からの問い合わせに応答する仕組みだ。
データベースには、複数の利用可能チャネルの計算方式を組み込んで切り替えて使用することができる。また、米国FCCが公表している規格のほか、不足しているアルゴリズムにNICTが提案しているものを加えた設計が特徴だ。
データベースは、Webインタフェースを具備しており、画像1の左側に示すように、チャネルを指定して一次利用者のサービス提供範囲を地図上に示すことができる。その画像1の左側の地図は、東京タワー及び伊豆大島から送信されたテレビ放送の放送エリアを米国FCC基準により計算した結果を示したものだ。
また、画像1の右側に示すように、利用者が指定する任意の地点において、利用可能なチャネルのリストを求めることも可能である。この場合は、利用者が指定した位置(横須賀)における利用可能チャネルを模擬情報に基づき同基準により判定した結果だ。
今回試作した無線基地局の外観を画像2、無線基地局の無線機能に注目したハードウェア構成が画像3である。無線基地局は、無線系統1に示されているように、IEEE802.11a/b/g/nのデータ通信デバイスを具備しており、これは無線基地局が無線LANアクセスポイントとして動作する場合に使用するものだ。
また、無線系統2及び3に示されているように、PHY/MACの通信方式を再構築可能な2系統のデバイスを具備している。また下の表は、無線基地局の再構築可能デバイスの仕様をまとめたのだ。さらに、USB接続により、LTE、WiMAX、PHSのようなデータ通信デバイスを接続してインターネットへの接続手段とする機能も併せ持つ。
無線基地局の再構築可能デバイスの仕様
- 周波数:470~770MHz/2.4GHz
- 通信帯域幅:5/10/20MHz
- 通信ビットレート:最大54Mbps(帯域幅及びサブキャリア変調による)
- 送信出力:20dBm
- 物理層変調:OFDM(データ用48キャリアと制御用4キャリアの合計52キャリア)
- サブキャリア変調:BPSK/QPSK/16QAM/64QAM
- MAC方式:IEEE802.11a 準拠、ビーコン送信間隔100ms
- アンテナ利得:UHF帯:0dBi/2.4GHz帯:2dBi
さらに今回の無線基地局は、決定された周波数を用い、「無線メッシュネットワーク技術」により基地局間を自動接続し、広範な地域に容易に通信インフラを構築する機能も有している。
なお、無線メッシュネットワーク技術とは、複数の無線システムをメッシュ状に相互通信させることにより、必ずしもすべての無線システムが有線ネットワークや制御システムに接続していなくても、メッシュ上に張り巡らされた無線リンクの経路上で、無線システムが通信内容の転送を繰り返し、無線システム全体での通信の接続性を確保する技術のことだ。
無線通信では、単一の無線システムが提供できる通信エリアは限定されるため、メッシュ技術を用いて通信エリアを重複させることにより、全体として大きな通信エリアを確保することが可能になる。
また、メッシュ状に接続していることにより、部分的に無線リンクが切断されたとしても、ほかの無線リンクを利用して全体の通信経路を再構築し、通信の接続性を確保することができる点も長所の1つだ。
ホワイトスペースにおけるメッシュ技術としては、MACレイヤにおいて各無線システムに閉じて実現する規格として、IEEE802.11s、IEEE802.15.4m、IEEE802.16d/jなどがある。複数の異種無線システムが混在する場合には、アドホックネットワークのルーティングプロトコルである「OLSR(Optimized Link State Routing)」や「AODV(Ad hoc On-Demand Distance Vector)」のようなIPレイヤにおける技術の利用が必要だ。
そして画像4は、ホワイトスペースを利用して「無線メッシュネットワーク」を構築する際、現在のネットワーク利用形態がどのように変化するかを示したものだ。画像4の左側のように、従来では、複数の基地局が個別に広域無線システムに接続していた。
今回は、複数の基地局の通信を限定した基地局に集約して広域無線システムに接続することにより、広域無線システムの接続数や通信のオーバーヘッドを低減してトラフィックを負荷分散(オフロード)し、広域無線システムの利用効率を向上できる仕組みだ。さらに、遠方との通信を抑制することにより、通信に必要な合計電力の削減を図ることもできる。
また、画像4の右側にあるように、従来はメッシュネットワークにおける基地局間の通信に無線LANが利用されていた。今回、ホワイトスペースで代替することにより、ほかの無線LANのトラフィックとの干渉及びほかのシステムからの電波干渉が多い2.4GHz帯(ISM帯)の利用を回避することができ、高速で安定した通信ができるというわけだ。
このように、メッシュネットワークにホワイトスペースを利用することで、トラフィックの負荷分散が可能になり、ネットワーク全体の性能向上が期待できるのである。
画像5は、今回の実証実験システムの構成の概要を、画像6は実際に設置した様子を示したものだ。今回のシステムは主にデータベース、無線基地局、メッシュマネージャから構成されている。
データベースはインターネット上に設置し、無線基地局は無線ルータを介して商用ネットワーク経由でデータベースにアクセス。無線基地局は一定のエリアに複数配置し、それらをメッシュ技術により相互接続することにより、そのエリア全体に通信を提供する仕組みだ。
無線LANに対応した端末は、無線基地局に2.4GHz帯の無線LANにより接続し、UHF帯もしくは2.4GHz帯を利用した基地局間のメッシュネットワークを介して、インターネットにアクセスする。
無線基地局間は2.4GHz帯に加え、利用可能であればUHF帯を選択肢に加え、通信速度や通信遅延などのパラメータから計算される指標及びメッシュマネージャの制御に従い、通信に使用する周波数とメッシュ上の通信経路を決定する形だ。
メッシュからインターネットへの出口となる無線基地局は、ゲートウェイと呼ばれるが、ゲートウェイは複数設置することが可能である。ユーザーのPCやスマートフォンは、無線LANを利用して最寄りのコグニティブ無線基地局に接続し、通信はこのメッシュ上に設定された経路情報に従って、自動的にゲートウェイを介してインターネットと通信できるように誘導される。
ゲートウェイは、有線ネットワークを用いてインターネットに接続することもできるが、コグニティブ無線ルータのような無線システムを用いて接続することも可能だ。
メッシュマネージャは、無線基地局がデータベースから利用可能チャネルの情報を得ている場合、自動制御または手動制御により、無線基地局に対して、2.4GHz帯からUHF帯の特定の周波数へ変更させる指示を行う(画像7・8・9)。この間、無線基地局に接続した無線LAN端末のデータ通信は、途切れることはない。
なお、今回の技術が実用化されれば、通信の混雑や電波干渉により、十分な通信速度が得られない無線システムのトラフィックをホワイトスペースにオフロード(負荷分散)することができ、激増するモバイルトラフィックを収容する無線通信環境の実現が期待できるという。
さらにNICTでは、日本の地形や利用形態の特徴に基づき、ホワイトスペースを算出する方式を検討しており、今後、その提案方式の性能を評価していく予定だ。また、開発された技術が広く実用化されるように、国際標準化活動を行うと共に、無線機の小型化・省電力化を検討し、技術移転を積極的に進めていくとしている。