理化学研究所(理研)、東京大学(東大)、神戸大学、広島大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、人工化合物Cd2Os2O7のオスミウム(Os)原子が、内向きと外向きという2通りの電子スピンの向きを持つことを発見した。この発見によって磁石の性質を持たない新しい磁気記録材料の可能性が広がるという。同成果は、理研放射光科学総合研究センター スピン秩序研究チーム有馬孝尚チームリーダー、東大 物性研究所 山浦淳一 助教らを中心とした共同研究グループによるもので、米国の物理専門誌「Physical Review Letters」オンライン版(5月28日付)に掲載される予定。
多くの物質は温度を変えても電気の伝わりやすさはあまり変化しないが、ある種の金属酸化物は、温度を変えることで金属から半導体へと変化する。このような変化を示す物質の一部は、さまざまなセンサ材料や調光材料として応用されており、また超伝導の性質を持つ可能性もあることが知られているため、金属から半導体になる物質群の実用を目指した応用研究が進められている。
今回、共同研究グループが注目した人工化合物Cd2Os2O7もそのような特長を示す物質の1つで、パイロクロアという天然鉱物と同じ構造を持つ人工金属酸化物である。4個のOs原子がちょうど正四面体の頂点に位置し、さらにその正四面体がつながるように結晶を作っている。
図1 Cd2Os2O7の結晶構造。左がCd2Os2O7の結晶構造。緑色はカドミウム(Cd)、黄土色はオスミウム(Os)、青色は酸素(O)の原子を表している。パイロクロア型構造と呼ばれる。右はCd2Os2O7の結晶構造から、Os原子だけ抜き出して描いたもの。正四面体がつながっているように見える |
Cd2Os2O7は室温では電気をよく通すが、-52℃以下に冷やすと半導体になる。30年以上前、米国の研究グループが、半導体になると同時に電子スピンが整列していると考えられる実験結果を報告していたが、本当に整列しているかどうかは不明であった。この物質の性質を詳細に調べるためには、電子スピンの配列を理解することが重要であり、通常の電子スピンの配列の調査方法としては、中性子を当ててその跳ね返り方を調べることが行われるが、Cd2Os2O7は中性子を吸収してしまう性質があるため、同手法が使えず、測定することができていなかった。今回、研究グループは、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を用いた実験と観察による解明を試みた。
研究グループでは、Cd2Os2O7を構成している3元素(カドミウム、オスミウム、酸素)の中で、磁性の性質を持つ可能性が高いOs原子に着目。 Os原子が反応する0.114nmの波長を持ったX線を-52℃以下に冷やしたCd2Os2O7の結晶に当て、X線の跳ね返る方向と強さを精密に調べることで、Os原子の周りを回る電子スピンの配列の調査を行った。
その結果、Os原子が作る正四面体の頂点にある電子スピンの向きが内側か外側のどちらかを向く2通りの配列があることが判明した。
この特徴的な配列は、電子スピン同士が磁性を打ち消し合うため、物質全体としては磁石の性質を持ちませんが、デジタル的な0と1を表現することができる。また、これまでの磁気記録材料は、強い磁石に近づけると誤消去される欠点を持っていたが、今回発見した電子スピンの配列は磁化を持たないため、強い磁石を近づけても0と1の間の誤消去が起きにくいこととなる。
今回、発見したCd2Os2O7の電子スピンの配列は、誤消去されにくく磁石の性質を持たない新しい記録材料としての可能性を有しているという。ただし、その出現温度が室温以下であり、またカドミウムやオスミウムには毒性があるため、実用化には課題が多く残されていることとなる。
そのため研究グループでは今後、今回の発見を生かして、外部刺激に対するCd2Os2O7の特性を詳細に調べると同時に、同じ型の電子スピン配列を持ち、かつ実用化可能な物質の創出を目指すとしており、これらの研究を通じて、これまでの磁気記録にはない特長を持つ新しい記録材料やこの電子スピン配列に伴う電気抵抗の変化を利用したセンサなどの次世代技術応用へと結び付けたいとしている。