物質・材料研究機構(NIMS)は、室温超伝導を実現させるカギとなると考えられている「多成分超伝導」で起きる新規現象を解明したと発表した。

成果は、NIMS WPI国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の古月暁主任研究者らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米物理学会の論文誌「Physical Review Letters」電子版に掲載された。

量子力学に支配される超伝導現象は三が特別な意味を持つようだ。単純金属などの単成分超伝導や、2成分超伝導では見られない、3つ以上の成分を持つ多成分超伝導で初めて顔を出す特異な性質がある。

多成分超伝導とは、「MgB2(ニホウ化マグネシウム)」や鉄系超伝導体のように、化合物の中で異なる電子軌道にある電子が同時に超伝導状態になる現象のことだ。

2009年に発見された鉄系超伝導が火付け役で、超伝導に携わる研究者は現在、多成分超伝導に興味を持ち、超伝導相転移温度をさらに上げて、室温超伝導を実現したいと考えている。

1957年バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって提唱された「BCS理論」が示すように、多くの超伝導は「結晶格子振動」(結晶中の原子(格子)の振動のこと)を媒介にして電子対が組まれることに起因する(BCS理論では、巨視的な数で組まれたその電子対が、最低エネルギーを持つ量子状態に凝集することが超伝導の本質と解き明かしている)。

1986年に発見された銅酸化物高温超伝導は、それまでの超伝導相転移温度を100度以上押し上げた。電子間の直接相互作用から生じる磁気エネルギーがノリの役割を果たしているからである。

しかし、電子間相互作用は基本的に斥力(反発力)であり、超伝導の元になっている電子ペアリングとは相性がよくない。ただし、2成分超伝導では、位相を互いに逆にすれば、電子間の斥力を実効的に引力に変えることが可能だ。

そして、3成分超伝導はどうなっているかとうと、互いに斥力を及ぼす3成分が共に満足する状況を作れず、それぞれ部分的に妥協して系全体の安定を図らざるを得ない(画像1)。この「位相フラストレーション状態」から新奇な超伝導現象が生まれることが今回の研究で明らかになった。

位相フラストレーション状態とは、互いに反平行に向いた状態が低いエネルギーを示すベクトルが3つある場合、3つの内2つが反平行向きになって安定になるが、残る1つはどちらとも反平行になれないため不安定となる。結局3つのベクトルは共に部分的に妥協し、画像1のようにそれぞれ120度の角をなす状態で落ち着く形だ。

画像1。斥力を及ぼす3成分超伝導ではそれぞれの成分が拮抗して、3成分の位相がそれぞれずれているフラストレーション状態が生まれる。位相差の時計周りと反時計周りの2つケースがあり、エネルギーが同じ双子だ

多成分超伝導体では成分間の超伝導位相差が振動し、その空間での伝搬様式は「Leggett(レゲット)モード」(2003年ノーベル物理学賞受賞者のサー・アンソニー・ジェームズ・レゲット教授に由来)と呼ばれている(画像2)。

Leggettモードは多成分超伝導の各成分が互いに異なる超伝導位相を持ち、これら位相の違い(=位相差)の時空間での伝搬様式のことをいう。それに伴い、電子対が超伝導成分間に移り変わる。また、一般的に、Leggett振動はエネルギー損失を伴うので、減衰しやすい。

画像2は、3成分超伝導における位相振動モードを表したもの。奥から手前まで赤・青・緑の矢印の向きが波打って進んでいる2本の模式図の内、左側が位相の相対振動に対応するLeggettモードで、右側が位相全体が回転する「南部・ゴルドストーンモード」。

Leggettモードは、赤と青が近づいたり離れたりしているが、緑の矢印は一定。それに対して南部・ゴルドストーンモードは、赤・青・緑の矢印の間は一定の120度のままだが、全体的に左右に少しずつ回転しているため、3色とも波打って見える。

南部・ゴルドストーンモードは詳細には、ワインボトル底の真ん中の盛りをエネルギーの高い正常状態、円周状の底をエネルギーの低い超伝導状態に対応させることによって超伝導現象を記述する場合、ワインボトル底型ポテンシャルの底での方位角は超伝導の位相に当たり、位相ベクトルの円周方向に沿った運動の様式のことである。

画像2。3成分超伝導における位相振動モード

しかし、3成分超伝導の位相フラストレーション状態(画像3)は完璧な安定状態ではないので、位相の振動が起きやすい。その結果、Leggettモードが非常に柔らかく、超伝導体の中で減衰することなく安定に存在するというわけだ。

エネルギーのかからないゼロ質量Leggettモードはまだ実験で直接的に観測されてはいないが、その傍証はすでにある。今までに鉄系超伝導体の低温電子比熱の温度・磁場依存性について、既存の理論では互いに矛盾に見える実験結果が報告されていたが、ゼロ質量Leggettモードが存在していれば、実験事実が統一的に説明できることが判明した。

横軸値(成分3と成分1の強度比)、縦軸値(成分2と成分1の強度比)と1、どの2つの和も残りのものより大きければ(三角形形成の条件)、3つの超伝導成分が拮抗し、位相フラストレーション状態になる。それ以外の領域では、1つの超伝導成分が支配的になる。相境界でゼロ質量Leggettモードが現れる。

画像3は、超伝導強度の成分比による相図。横軸値(成分3と成分1の強度比)、縦軸値(成分2と成分1の強度比)と1、どの2つの和も残りのものより大きければ(三角形形成の条件)、3つの超伝導成分が拮抗し、位相フラストレーション状態になる。それ以外の領域では、1つの超伝導成分が支配的になり、相境界でゼロ質量Leggettモードが現れる形だ。

画像3。超伝導強度の成分比による相図

超伝導位相の振動に伴う南部・ゴルドストーンモードは、位相と電磁場との結合により、質量を持つプラズマ振動になることがBCS理論の誕生から間もなく判明している。

それに対して、Leggettモードは超伝導成分間位相差の振動であり、電磁場と直接的に結合しないので、質量が生まれることがない。フラストレーション状態を伴うLeggettモードは超伝導の初めてのゼロエネルギー集団励起であり、その解明は超伝導現象の本質を理解する上で重要な意味を持つ。今後、「ラマン散乱」などの実験手法による直接的な観測が期待されるという。

ちなみにラマン散乱とは、物質に光を入射した時、散乱された光の中に入射された光の波長と異なる波長の光が含まれる現象のこと。入射光と散乱光のエネルギー差から物質内の電子状態が測定できる。

Leggettモードの超伝導体の中での伝わり方から、超伝導状態での電子運動に関する新しい情報が得られる。位相フラストレーション超伝導状態では、分数化された「磁束量子」(超伝導体またはその環を貫く磁束の単位で、Φ0=ch/2e。c:光速、h:プランクの定数、e:電子の電荷)が現れ、高精度の「SQUID(スクイド)」(超伝導量子トンネリング効果を利用した量子干渉素子を用いた超伝導量子干渉計のとで、微小な磁場の測定に用いられている)に利用可能だ。

位相フラストレーション超伝導状態には時計周りと反時計周りの双子があり(画像1)、量子情報の最小単位である「量子ビット」(量子情報では、従来の情報の取扱量の最小単位であるビットの代わりに、情報を量子力学的2準位系の状態ベクトルで表現)の新しい実装方式として役立つはずだ。

質量ゼロの超伝導位相振動モードを高速かつ安定な量子情報伝搬方法として利用する野心的なアイデアもあり、新しい超伝導量子デバイスへの夢がさらに膨らむと、研究グループはコメントしている。