大阪府立大学の林晃敏 助教、辰巳砂昌弘 教授らの研究グループは、ナトリウムイオン伝導性を示す無機固体電解質を新たに開発し、それを用いた全固体ナトリウム蓄電池の室温作動に成功したと発表した。同成果は大阪府立大大学院工学研究科 博士前期課程2年の野井浩祐氏、同博士研究員の作田敦氏らと共同で行われ、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン速報版で公開された。

小型ポータブルデバイスの電源として広く普及しているリチウムイオン電池は、軽量かつ高エネルギー密度という特長を持っており、近年、電気自動車(EV)の駆動電源や家庭用蓄電池として用途を拡大してきている。使用用途の拡大に伴い、2次電池にはより一層の安全性と低コスト化が求められており、リチウムイオン電池にかわる、全固体ナトリウム蓄電池の開発が期待されるようになってきている。

ナトリウムはリチウムに比べて資源量が多く、産地偏在の懸念がないという特長がある。また、ナトリウムイオンを伝導種とする蓄電池としては、唯一、ナトリウム-硫黄電池が大型電力貯蔵用の蓄電池として既に実用化されている。この電池は、β-アルミナ固体電解質のイオン伝導性を高めるとともに、正極(硫黄)および負極(ナトリウム)を溶融状態で使用するため、250℃以上に加熱して運転する必要がある。

一方、無機固体材料を電解質に用いた全固体電池は、有機電解液を用いる従来の電池とは異なり、液漏れや発火などの危険性のない究極の電池形態として知られている。全固体電池には、電極および電解質の薄膜を積層して得られる薄膜型全固体電池と、微粒子を積層して得られるバルク型全固体電池の2つに大別することができるが、後者のバルク型電池においては、固体内のイオンの移動が電解液に比べて困難なことや電極-電解質間における固体界面接合の困難さから実用化されていなかった。

図1 薄膜型全固体電池とバルク型全固体電池の模式図。一般的には、バルク型全固体電池は、微粒子を圧粉成形することによって作製される

全固体ナトリウム蓄電池を実現するためには様々な課題があるが、キーマテリアルである高いナトリウムイオン伝導性を示す固体電解質材料の開発が優先課題として挙げられることから今回の研究では、超イオン伝導性硫化物材料である立方晶Na3PS4を発見し、室温(25℃)で2×10-4Scm-1の高いナトリウムイオン伝導度を示す固体電解質を開発した。

X線回折測定の結果、この結晶相はNa3PS4組成のガラスを270℃で加熱結晶化することによって析出することが判明した。

図2 今回の研究で作製した固体電解質のX線回折パターン。Na3PS4ガラス(a)を270℃で結晶化することによって立方晶Na3PS4が得られたことがわかる(b)。より高温の420℃で結晶化した試料は常温安定相である正方晶のパターンを示した(c)

より高温の420℃で結晶化させると常温安定相である正方晶Na3PS4が得られることから、立方晶Na3PS4は高温相であると結論付けられ、このことから同材料は固体電解質として高いイオン伝導性の発現が期待できることが判明した。

そこで研究グループでは、粉末状のガラスを圧粉することによって得られる成形体(ペレット)に対して、交流インピーダンス法を用いてイオン伝導度の評価を行った。その結果、立方晶Na3PS4の析出によってガラスのイオン伝導度は1桁以上増大し、得られたガラスセラミックス(結晶化ガラス、図3の●)はこれまでに報告されている硫化物系固体電解質と比較して高い導電率を示すことが確認された。

図3 これまでに報告されているナトリウムイオン伝導性無機固体電解質のイオン伝導度と、今回発見した立方晶Na3PS4が析出したガラスセラミックス(結晶化ガラス:●)およびガラス(○)のイオン伝導度の比較。ガラスの結晶化によって、導電率が増大したことがわかる。得られたガラスセラミックスは、これまでに報告されている硫化物系固体電解質と比較して高い導電率を示した。一方、β-アルミナなど、より高い導電率を示す材料も存在するが、これらはいずれも高温焼成によって作製された焼結体の測定値

今回の開発されたガラスセラミックスと比較して、より高い導電率を示す材料も存在する(例えばβ-アルミナ)が、これらはいずれも1000℃以上の高温で焼成することで得られた焼結体の測定値であり、焼結を施さないβ-アルミナのペレットは粒子間の抵抗が大きいために、今回の研究で開発した硫化物電解質ペレットと比べて抵抗が数桁大きいことが明らかとなった。

図4 β-アルミナと本研究で開発した硫化物ガラス系電解質の抵抗(|Z|)の周波数分散の比較。括弧内の数値は測定温度を示す。β-アルミナの粉末を圧粉成形することで得られたペレットは粒子間の抵抗が大きいために、硫化物電解質ペレットと比べて抵抗が数桁大きいことがわかる。吹き出しには、ペレット断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を示しており、β-アルミナでは粒子間の界面が明瞭に観察されるのに対して、Na3PS4ガラスセラミックスでは比較的緻密な組織が観察されている

このため、粉末の積層によって作製されるバルク型全固体ナトリウム蓄電池に応用する上で、硫化物電解質が実用材料であるβ-アルミナ電解質に比べて有利であると考えられるほか、この硫化物電解質は約5Vの広い電位窓を持つことが判明した。

図5 立方晶Na3PS4が析出したガラスセラミックスのサイクリックボルタモグラム。作用極にステンレス鋼、対極には金属ナトリウムを用いている。0V付近にナトリウムの析出・溶解に対応する還元・酸化電流が観測され、+5Vまで酸化側へ電位を掃引しても電解質の分解などに伴う酸化電流は観測されないことから、約5Vの電位窓を持つことがわかる

さらに研究では実際に立方晶Na3PS4が析出したガラスセラミックスを用いてバルク型全固体ナトリウム蓄電池を試作した。負極にNa-Sn合金、固体電解質にガラスセラミックス、正極にTiS2結晶を用いて、これら3層を積層して室温でプレス成形し作製した全固体電池が、室温で充放電が可能であり、10回の繰り返し測定を行った後においても、TiS2活物質重量あたり約90mAhg-1の可逆容量を保持することが明らかとなった。

図6 負極にNa-Sn合金、固体電解質に立方晶Na3PS4が析出したガラスセラミックス、正極にTiS2結晶を用いて作製した全固体電池の充放電曲線。作製した全固体電池が、室温(25℃)で蓄電池として作動し、10回の繰り返し測定を行った後においても、TiS2活物質重量あたり約90mAhg-1の可逆容量を保持することがわかる

これらの成果から、今回の研究で見出された立方晶Na3PS4が有望な固体電解質となりうることが明らかになった。全固体電池の高性能化には、固体電解質のより一層の導電率増大と電極-電解質間の良好な固体界面構築が重要となることから、これらの課題を解決し、全固体ナトリウム-硫黄電池の室温作動が可能となれば、安全性と高エネルギー密度を兼ね備えた次世代電池としての普及が期待されると研究グループはコメントしている。