京都大学(京大)の林野泰明 医学研究科社会健康医学系専攻医療疫学分野特定准教授(現 天理よろず相談所病院内分泌内科副部長)と栗山明 同専攻医療情報学分野修士課程学生(現 倉敷中央病院医師)らの研究グループは、ウィスコンシン医科大学ミルウォーキー校のジェフリー・L・ジャクソン教授との共同研究により、頭痛に対する治療としてのボツリヌス毒素A(ボトックス)の注射治療について先行研究のレビューと分析を行い、その効果を明らかにしたと発表した。
片頭痛と緊張型頭痛は頻度が高い疾患である。一般的に、最大で42%までの成人が、人生の何らかの時期に緊張型頭痛を経験するが、ほとんどが医師の診察を受けないとされている。片頭痛の頻度はそれよりは低く、世界的な有病率は8~18%であるが、日常生活に与える悪影響はより大きいと言われており、米国内だけでも片頭痛にかかる医療費は10億ドルで、それにより失われた労働生産性による経済的な損失は160億ドルとされており、ボツリヌス毒素A(ボトックス)注射は慢性的な片頭痛の予防治療薬として2010年に米国アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)が、慢性の片頭痛に対するボツリヌス毒素治療として承認していた。
もともと慢性の頭痛を有する患者が、ボツリヌス注射を美容形成的な目的で使用した際に頭痛の改善を自覚した経験から、ボツリヌストキシンAが頭痛の治療として提案され、そこから幾つかの症例研究が行われ有効性が示唆されたことが背景にあるが、複数の研究におけるボツリヌス毒素に関する有効性の結果は一致していなかった。
そこで今回、研究グループでは、ボツリヌス毒素が片頭痛、筋緊張性頭痛、慢性連日性頭痛の予防のために使用された際の頭痛の頻度を減らすための効果を評価するために、レビューとメタ分析を実施した。研究では、頭痛は発作性片頭痛(発作の頻度が15回/月未満)、慢性偏頭痛(発作の頻度が15回/月以上)、慢性日常性頭痛、もしくは筋緊張性頭痛に分類されており、採用基準を満たした27の関連するランダム化プラセボ対照比較試験と、他の薬剤と比較した4つのランダム化比較試験(総計5,313名の患者が含まれる)を特定して分析が行われた。
データを統合した分析では、ボツリヌス毒素は慢性日常性頭痛(対象患者1,115名、1カ月当たり2.06回の頭痛の減少)と、慢性片頭痛(対象患者1,508名、1カ月当たり2.30回の頭痛減少)について、有意に頭痛の回数を減らしていることが明らかになった。一方で、発作性片頭痛(対象患者1,838名、1カ月あたり0.05回の頭痛の増加)や、慢性の筋緊張性頭痛(対象患者675名、1カ月当たり1.43回の頭痛の減少)については、ボツリヌス毒素により頭痛の回数が減少することはなかった。
対照群と比較すると、ボツリヌス毒素はより高い頻度の眼瞼下垂(上眼瞼の下垂)、皮膚のツッパリ感、感覚異常(チクチク刺すような感覚)、頚部の硬直、筋力低下、および首の痛みと関連していた。
他の治療法との比較した4つのランダム化比較試験では、慢性片頭痛の予防に関して、ボツリヌス毒素はトピラマートやアミトリプチリンと比較して頭痛の頻度を減らさなかったことから、研究グループではボツリヌス毒素はバルプロ酸と比較して有意な頭痛の頻度減少効果を示さなかったとするほか、慢性の筋緊張性頭痛の患者を対象とした別の臨床試験において、ボツリヌス毒素はメチルプレドニゾロンと比較して有意に頭痛の重症度を低下させていた(1カ月当たり2.5回の頭痛の減少)としている。
この結果、ボツリヌス毒素は慢性片頭痛や慢性日常性頭痛の頻度を改善させる可能性があるが、発作性片頭痛、慢性緊張型頭痛、または発作性緊張型頭痛の頻度の改善とは関連が無いことが示唆されたこととなるが、ボツリヌス毒素により臨床的に得られる利益は小さいものであることが示されたという。