東京工業大学(東工大)と東京理科大学は、50kg級という超小型の地球・天体観測技術実証衛星「TSUBAME」(画像1)を開発、この衛星をロシアのコスモトラスが運営する「ドニエプルロケット」を使って、同国内オレンブルグ州ヤスネ宇宙基地から2012年末に「クラスター方式」(複数の衛星を同時に打ち上げること)で打ち上げを行うことが決定したと発表した。
成果は、東工大大学院理工学研究科の松永三郎教授(宇宙航空研究開発機構(JAXA)連携講座)と河合誠之教授、及び東京理科大学理工学部の木村真一教授らの研究グループによるものだ。
東京大学と次世代宇宙システム技術研究組合の「ほどよし1号」、名古屋大学と大同大学による「ChubuSat-1」、九州大学の「QSAT-EOS」の3機と共に打ち上げられる。
全質量100kg未満の超小型衛星は低コスト、短期間で、さまざまな最先端技術の早期軌道上実証や新しい宇宙ビジネスの事業展開が期待でき、現在、全世界において活発に研究開発が進められている。東工大/JAXA宇宙科学研究所の松永研究室は、これまで3機の超小型衛星の開発・打ち上げ・運用を行ってきた。
そんな長年の研究開発によって蓄積されてきた技術を基に今回、4機目の小型衛星プロジェクトとして開発されているのがTSUBAMEというわけである。
TSUBAMEは先進的な地球・天体観測技術の軌道上実証を目的とする衛星だ。TSUBAMEの主要ミッションは大きく3つあり、1つ目が超小型の「コントロールモーメントジャイロ(CMG)」を用いた高速姿勢変更技術の実証である。
CMGは、高速で回転しているコマの回転軸の向きを変えることでトルク(ジャイロトルクと呼ばれる)を発生する装置だ。サイズに比較して高トルクを発生できることが特徴であり、複数個組み合わせて、衛星の姿勢を迅速に制御できるのである。今回のCMGは、小型衛星に搭載できるよう小型化・軽量化を施して新規に開発されたものだ。
そして2つ目が、この高速姿勢変更技術を用いて、宇宙で起こる天体の突発的爆発現象である「ガンマ線バースト」(画像2)の「硬X線偏光観測」である。X線・ガンマ線は、我々が物を見るのに利用している可視光線と同じ電磁波の1種だが、非常にエネルギーが高いのが特徴だ。可視光の約1000倍以上のエネルギーを持つ電磁波をX線、さらにエネルギーの高いものをガンマ線と呼んでいる。
そして偏光とは、電磁波の電場及び磁場が特定の方向にのみ振動する光のことをいう。X線偏光観測ではこの電場ベクトルの方向と偏りを測定することにより、放射源付近の磁場の状態に制限を与えることができるのである。
最後の3つ目が、災害監視・海上の船舶航行状況監視・気象観測・植生観察などを目的とした、地上・海上及び雲の高解像度可視観測だ。
なお、この3つの中でもメインとなるのが、ガンマ線バーストの硬X線偏光観測による「ブラックホールが誕生する瞬間」の極限の物理現象の解明である。
太陽の数10倍以上の質量を持つ大質量星が燃え尽きるとき、超新星爆発に伴ってブラックホールが生成されると考えられている。これまでに、ブラックホールだと考えられている天体は数多く発見されているものの、その生成メカニズムはいまだ謎に包まれており、さまざまな仮定のもと、数値シミュレーションなどによる理論的な研究が進められている状況だ。
TSUBAMEはこの「ブラックホールが誕生する瞬間」の極限の物理現象を探るための、小型軽量かつ高性能なX線・ガンマ線検出器を搭載している(画像3・4)。
TSUBAMEのターゲットは、前述したように、遠方の宇宙からの強烈なガンマ線放射現象のガンマ線バーストだ。この現象は、冷戦最中の米国が打ち上げた核実験監視衛星「Vela」が偶然に発見した天文現象であり、当初は「宇宙人同士の核戦争ではないか?」などという説までウワサされた。
その発生頻度はだいたい1日に1回と少なくないものの、いつ・どこで起こるのかわからないことと、一瞬で暗くなってしまうという特徴が、研究の進展を長い間阻んできたのである。
2000年以降、人工衛星とインターネットを駆使した即時観測の手法が確立され、これらがはるか遠方(~数100億光年)の大質量星の爆発、つまりブラックホールの産声であることが明らかになってきた。
TSUBAMEはガンマ線バーストを常時監視する補助センサを搭載しており、ガンマ線を検知すると機上でその到来方向を計算し、CMGを用いて瞬時に回頭し、自動的に主センサを用いた観測を開始する。
主センサはガンマ線の電場ベクトルの偏りである「偏光」を測定。この測定からはブラックホール極近傍の磁場情報を得られ、ブラックホールの生成やガンマ線放射機構を探る上で極めて重要な手がかりとなる。
また、近年、地震などの大規模災害や原子力発電所の事故など、人工衛星を用いた宇宙からの災害監視の関心が高まっている状況だ。こうした宇宙からの災害監視を非常に低コストで実現することができれば、多くの衛星を連携して連続して情報を取得するなど、より詳細な状況把握が実現できると考えられる。
東京理科大の木村研究室では、デジタルカメラや携帯電話などに使われている民生部品を宇宙で活用することで、低コストで高機能な宇宙用カメラの開発を行ってきた。それらの技術は、JAXAが開発したソーラー電力セイル技術実証機「IKAROS」などでも活用された実績がある。
今回、東京工業大学の超小型大学衛星TSUBAMEの開発に参加することで、民生技術の宇宙利用に関する技術を地球監視技術に応用すべく、超低コスト小型衛星搭載地球監視カメラ「CANAL-1」が開発された(画像5)。
なお、TSUBAMEのサイズに比べて3つのミッションを実現するための搭載機器の消費電力が大きいため、4枚の太陽電池パネルで電力を確保する仕組みだ。
そして今回の光学系だが、サイズに制約があるのが難点だとしている。しかし、これまでの実験で実証された技術を超焦点の光学系と組み合わせることで、さらなる高解像度の画像取得も可能だという。CMGの高速な姿勢制御と組み合わせることで、低コストで必要なポイントの自在な監視を可能にするものであり、衛星からの地球監視技術に大きな変革をもたらす第一歩といえる。
今回の打ち上げでは、TSUBAMEのほかに全部で4機の50~60kg級超小型衛星が海外の商用ロケットによって、クラスター打ち上げされる。これにより、今後さらに、よりリーズナブルさと信頼度で世界をリードする超小型衛星が研究開発され、先端技術の早期宇宙実証だけでなく、将来の商用超小型観測衛星クラスターの国際展開につながり、新しい宇宙開発や高価値ビジネス分野の発掘・開拓に向けて貢献していくだろうとしている。
そしてTSUBAMEなどのクラスター打ち上げは、ヤスネ宇宙基地(画像6~8)のサイロ(地下発射装置)から、ドニエプルロケットの第3段の下部に組込まれて行われる。リフトオフ(地面を離れる瞬間)から約15分後、高度500~600kmの「太陽同期軌道」に1機ずつ、わずかに異なる軌道速度で順に投入される予定だ。なお、太陽同期軌道とはほぼ北極と南極の上を通る南北の軌道で、各地域を通過する地方時が年間通してあまり変わらないという特徴を持つ。
なお、ドニエプルロケットはロシアの戦略ミサイル「SS18」(画像9~12)を平和転用したもので、1999年の初号機の打ち上げ以来、18回の打ち上げの内17回成功し、高信頼性や高精度の軌道投入、多数のクラスター打ち上げの実績がある。同ロケットはJAXAの「OICETS」や宇宙研の「INDEX」を含め、これまでに17カ国の計62機の衛星を打ち上げてきた。