名古屋大学(名大)は、植物のめしべが受精に失敗した時に、積極的に受精を回復する仕組み(受精回復システム)が存在することを発見したと発表した。同成果は、同大 ERATO東山ライブホロニクスプロジェクトの笠原竜四郎 研究員らの研究チームによるもので、米科学誌「Current Biology」オンライン速報版にて公開された。

被子植物の精細胞は鞭毛を欠くため、自ら泳ぐことはできない。そのため精細胞は、花粉から伸びる「花粉管」により運ばれるが、この花粉管は卵細胞の隣に2つある助細胞により誘引され、卵細胞の近傍に到達する。花粉管が到達すると、花粉管の先端が破裂して精細胞が放出されるのと同時に、一方の助細胞が崩壊して受精の場が形成される。

従来、この際、受精できない精細胞が放出されると、受精が成立しないため種子は形成されないと考えられてきたものの、実際の様子は明らかにされていなかった。研究チームでは、アブラナ科のシロイヌナズナを用いて受精に異常のある突然変異体を探索する中で、半数の花粉で、受精できない精細胞が作られる突然変異体「g21」を発見しており、このことから、めしべの中には通常の半分(50%)の種子しかできないと予想していたが、正確に種子の形成率(稔性)を調べた結果、g21変異体の稔性は65~70%であることが判明し、今回、この差がなぜ生じるのかの研究が行われた。

g21突然変異体における稔性。上の図は野生型のめしべ。すべての種子が形成されているのが見て取れる。一方の下の図はg21変異体(雄側の精細胞の変異による)のめしべ。矢印は形成不全の種子。理論的には50%の稔性になると予想されるが、正常種子の割合は形成不全の種子と比べて明らかに多いことから、今回の研究の発端となった。今回の研究では、g21変異体だけでなく、既知のすべての突然変異体(精細胞の異常による受精不全)において、同様の稔性および受精回復システムが確認された

シロイヌナズナの1つのめしべには、およそ50個の卵細胞があるが、そのすべてにおいて、花粉管が到達する様子を調べることができるように、解剖および観察技術を確立。その結果、g21変異体の花粉を受粉しためしべでは、卵細胞には通常1本の花粉管しか向かわないとする定説に反し、約40%の卵細胞で2本の花粉管が到達していることが確認された。

二本の花粉管。左の図は野生型の胚珠(受精前の種子組織の名称)に花粉管が挿入されている様子。受精が完了し種子が形成されつつある。1つの胚珠には、卵細胞が1つと助細胞が2つ存在する。右の図はg21変異体の花粉を受粉した胚珠。2本の花粉管が観察でき、野生型と同様に種子が形成されつつある様子が見て取れる。花粉管が1本だけ到達して形成された種子と2本到達して形成された種子の割合は、めしべ内の全胚珠のうちのそれぞれ50%、18%で、トータルすると種子の形成率68%となり、平均65%のg21変異体の稔性とほぼ一致しており、このことから2本目の花粉管が、受精回復の要因であると考えられたという

このことから研究チームでは、2本目の花粉管が受精を回復しているのではないかと推測、ライブイメージング技術を用いて、受精回復の瞬間をとらえることに挑戦し、1本目の花粉管が精細胞に異常を持ち受精に失敗した後、2本目の花粉管が正常な精細胞を放出し、受精が回復する様子をとらえることに成功した。

受精回復システムのライブイメージング。a~fは野生型の受精の様子(助細胞を緑、精細胞を赤でラベル)。花粉管から勢いよく放出された精細胞のうち1つは卵細胞(受精すると胚になる細胞)に、もう1つは中央細胞(受精すると胚乳になる細胞)に受精している。g~lはg21変異体の精細胞が花粉管から放出された後の様子。変異精細胞は壊れた助細胞の端にとどまったまま受精することができない様子が確認できる。m~rは、はじめにg21変異体の精細胞が受精に失敗して、その後2本目の花粉管に由来する正常な精細胞が受精する様子。受精回復の瞬間をとらえることに成功した。そしてsが受精回復システムの模式図。変異精細胞を持つ花粉管が誘引されて助細胞に到達し、変異精細胞を放出するとともに、助細胞が崩壊する。しかしこの精細胞は受精に失敗し壊れた助細胞の端にとどまる。次に正常な精細胞を持つ花粉管が助細胞に到達し、助細胞を崩壊させながら精細胞を放出。放出された精細胞はそれぞれ卵細胞と中央細胞に移動し、受精を完了させる。この時、2本目の花粉管が仮に受精に失敗しても、花粉管を引き寄せる働きを持つ助細胞が2つとも壊れてなくなっているため、3本目の花粉管を同じ胚珠に誘引することはできない

さらに、植物がどのように2本目の花粉管をコントロールしているのかを知るために、受精できない精細胞を持つ花粉管が特異的に染色されるようにし、その挙動の観察を行った結果、1本目の花粉管が染色される場合に2本目の花粉管が到達し、1本目の花粉管が染色されない場合には2本目の花粉管はまったく到達しないことが判明した。

受精に失敗した胚珠にのみ誘引される2本目の花粉管。
aは、花粉管が1本あるいは2本挿入されて青く染色されている胚珠(1本目の花粉管が受精を失敗した胚珠)の割合。青のグラフは花粉管を1本だけ受け入れた胚珠、またオレンジ色のグラフは2本受け入れた胚珠の割合を示している。花粉を受粉したあと10時間後までは胚珠は2本目を受け入れていないが、それ以降、28時間後までに40%の胚珠が2本目を受け入れていることが分かる。
bは、花粉管が1本あるいは2本挿入されて青く染色されていない胚珠(1本目の花粉管が受精に成功した胚珠)の割合。受粉から32時間後に至るまで、2本の花粉管を受け入れた胚珠はほとんど見られない。
このことは、胚珠は受精に失敗した時のみ2本目の花粉管を誘引し、1本目の受精が成功した場合は2本目を誘引しないということを示しているほか、1本目の花粉管が失敗してから2本目を受け入れるまでに10時間以上かかっていることから、胚珠が受精を回復するにはある程度の時間が必要であることも示唆された

この結果から、めしべは受精が成立したか否かを感知し、積極的に2本目の花粉管を卵細胞まで誘引して受精の回復を試みるという仕組みを有していることが明らかとなり、研究チームではこの仕組みを「受精回復システム(Fertilization Recovery System)」と名付けた。

また、2本目の花粉管も受精に失敗した場合にはどうなるのかについても調査を実施、その結果、2本目が失敗すると、3本目の花粉管が到達して受精を回復することはなく、種子を作れないことが確認された。卵細胞の隣にある助細胞は花粉管の誘引を担う重要な細胞だが、花粉管が到達すると1つの助細胞が壊れて受精が行われる。2本目の花粉管が受精を試みる場合、2つ目の助細胞が1つ目と同様に花粉管を誘引したのちに壊れて受精の場を作ることが、ライブイメージングで確認されたことから、研究チームではこの結果は、助細胞の細胞の数と関係していると考えられるとコメントしている。

研究チームでは今後、受精回復システムの人工的な促進による農作物を含む植物で多くの種子を付けさせることなどを目指して、植物の受精回復システムがどのような分子メカニズムによって制御されているのかの解明を進めていくとする。また、自然界ではめしべに同種・異種のさまざまな花の花粉が運ばれることが知られているだ、異種の精細胞が1本目の花粉管で運ばれて受精に失敗した時に、2本目の花粉管を引き寄せることで、同種の受精率の向上を図っている可能性が考えられることから、生態学分野でも新たな研究が進展することが期待できるようになるとするほか、植物が雌の器官をいかにして発達させてきたかを知る進化学的な手掛かりにもなる可能性があるとの期待を示している。