情報通信研究機構(NICT)は、分裂酵母において、遺伝情報を組み換える際に行われる「相同染色体の対合」という、生命の存続、継承や進化に極めて重要な意味を持つ生命現象を確実かつ安全に行う仕組みに対して、染色体の特定領域から転写される、タンパク質の設計情報を持たない「非コードRNA(ncRNA:non-coding RNA)」が重要な役割を果たしていることを明らかにした。
成果は、NICT未来ICT研究所 バイオICT研究室の丁大橋氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月11日付けで米科学雑誌「Science」に掲載された。
ヒトを含むすべての真核生物は、生殖細胞(精子や卵子など)を作り出す際に、特殊な細胞分裂の「減数分裂」を行っている(画像1)。減数分裂は、1度の染色体の複製で2度の細胞分裂(第1減数分裂と第2減数分裂)を行い、染色体数が半分の生殖細胞を形成するというものだ(受精すれば元の46本に戻る)。
また染色体に関しては、ヒトを例に取ると、1つの細胞には46本の染色体(うち2本は性染色体)が存在するが、これは、父母それぞれから1セット23本ずつ受け継いだものだ。性染色体を除く22本ずつの染色体は、塩基配列がほとんど同じ(同じ形質・性質)もので対合相手となっており、これを相同染色体という。
この減数分裂をした精子と卵子が出会って受精卵となると、遺伝情報を担う染色体が受精卵の細胞核の特定の場所に集合し、父母それぞれに由来する同種の2本の染色体(相同染色体)が接合(対合)し、「二価染色体」としてペアを形成することで、結果的に遺伝情報の組換えを効率的に行う。これは、生命に進化と多様性をもたらす生物学的に極めて重要な仕組みだ。
一方、相同染色体の対合が正常に行われないと、染色体異常に起因する病気(ダウン症など)や流産の原因にもなる。このため、対合のメカニズムは、医学的見地からも解明が長い間求められてきた。
しかし、どのようにして相同染色体が壊れやすい遺伝情報を守りつつ、対合するパートナー染色体を認識し、組換え部分で接合するかということについて、これまで明らかにされていなかったのである。
今回、研究グループは、染色体の特定領域が光るように仕掛けを施した分裂酵母を、独自に開発したライブイメージング技術によって、生きた状態で観察することに成功した(画像1)。
画像2。NICTのライブイメージング技術によって観察された染色体とRNA(緑の点がRNA) |
その結果、染色体の「sme2(suppressor of mei2)」領域において、高頻度で相同染色体が対合することが発見されたのである。さらに、sme2遺伝子配列を欠失すると、対合頻度は通常のレベルになり、sme2遺伝子配列を別の染色体部位に移動させると、その部位が高い対合頻度を示すようになることから、sme2遺伝子座位に形成されるRNAを含む複合体が、相同染色体の相互認識と対合に関わっていることが明らかになった。
そしてsme2遺伝子座上に蓄積されものとして判明したのが、sme2から転写されるncRNA「meiRNA-L」である。それが相同染色体の対合を強く促進する仕組みであることも確認され、これはmeiRNA-Lが相同染色体とその組み換え部分の認識と接合に重要な役割を果たしていることを示しているというわけだ。
なお、DNAに記載された遺伝情報を基にタンパク質が合成されるが、この仲立ちをRNAが行う。遺伝子に記載されたタンパク質の設計情報は、いったん「メッセンジャーRNA(mRNA)」にコピーされ(これを「転写」という)、mRNAはコピーしたタンパク質の設計情報を核の外に運び出し、タンパク質を合成する(これを「翻訳」という)という仕組みだ。
このように、対合する相同染色体を識別し接合するための装置として、壊れやすく大切なDNAそのものではなく、DNAを鋳型にしたコピーであり必要に応じて合成・分解しやすいRNAを使用することは、確実かつ安全に遺伝情報を次世代に継承するという、生物が長い時間をかけて獲得した優れた機能であるといえよう。
NICTは、これまでに、減数分裂時に染色体の末端領域「テロメア」が核膜上の1点で束ねられる現象(関連情報参照)や、核の往復運動により染色体を整列させる現象のメカニズムを明らかにしてきた。
今回、染色体の集合から相同染色体の対合という一連の流れの仕組みが発見されたことは、遺伝情報組換えメカニズムの完全解明に向けた大きな前進といえるとした。
近年になって多くncRNAが発見され、生命活動にとって、従来考えられていたよりもはるかに重要な役割を担っていると考えられるようになっている。しかし、多様な生理機能を持つとされている一方、機能不明のものが多数という状況だ。
研究グループは今後、今回発見したncRNAが相同染色体対合にどのように関わっているか、そのメカニズムを解明すると共に、RNAなどの生体分子を利用したバイオセンサなど、生物が持つ優れた特徴を取り入れたロバストネスな(外乱に強い)情報通信技術への応用につなげていきたいとしている。