手足や呼吸関連の筋肉がやせて、力が衰えていく難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の疾患モデル細胞をヒトの胚性幹細胞(ES細胞)から作製し、疾患症状を再現させることに京都大学「物質-細胞統合システム拠点(iCeMS:アイセムス)」の中辻憲夫拠点長や饗庭一博講師などの研究チームが成功した。

ALSは筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かすための運動神経の細胞が障害を受け、その結果として筋肉が衰えていく神経変性疾患の1つで、いまだ有効な治療法や予防薬がない。日本では毎年10万人あたり約1人が新たに発症し、全体で約8,500人の患者がいる。9割の患者の原因は不明だが、1割の患者は親子に遺伝する家族性ALSで、そのうちの約20%は体内の活性酸素を除去する働きを持つ酵素「スーパーオキシド・ディスムターゼ1(SOD1)」の変異が原因だという。

研究チームは、変異型SOD1遺伝子を導入したES細胞を培養して、運動神経細胞に分化させたところ、神経信号の通り道となる軸索(じくさく)が途中で切れるなどの異常な形態が見られ、細胞死も正常なものより20倍も増加した。さらに家族性ALS患者に特徴的な異常な凝集体の形成も、分化させた運動神経細胞の半数で見られた。

また、同様に変異型SOD1遺伝子を導入したES細胞をグリア細胞などのアストロサイトへも分化誘導し、その培養後の上澄み液で正常ES細胞由来の運動神経細胞を数日間培養したところ、明らかに細胞死が増加した。変異型SOD1遺伝子の導入によるアストロサイトが、細胞死を引き起こす何らかの毒性因子を分泌しているものと考えられる。

今回のように、ヒトES細胞から運動神経細胞とアストロサイトを分化誘導し、ALSモデル細胞の作製に成功したのは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を含めた「ヒト多能性幹細胞株」としては世界で初めて。今後はiPS細胞株から患者モデル細胞を作製する技術開発や病気の発症メカニズムの解明、治療薬の開発などに役立つものと期待される。

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