名古屋大学(名大)は5月7日、「急性心筋梗塞」に効果のある脂肪由来の善玉ホルモンを発見したと発表した。成果は、同大学の大学院医学系研究科 分子循環器学の大内乗有教授、同循環器内科学の室原豊明教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月18日付けで米科学雑誌「The Journal of Biological Chemistry」電子版に掲載された(印刷板は6月号に掲載予定)。
心臓病は日本において死亡原因の第2位であり、その中でも代表的疾患として心筋梗塞などの虚血性心疾患が挙げられる。肥満は心臓病、特に虚血性心疾患の重要な発症基盤となっており、今や深刻な社会的問題となっている状況だ。このように、日本においては心臓病を初め、肥満に起因ないしは関連する健康障害の病態解明と有効な治療法の開発は重要課題となっている。
近年の研究により、脂肪組織から産生される種々のホルモンが、肥満症の病態に関わることが明らかとなってきた。しかし、脂肪から産生されるホルモンの虚血性心疾患などの心臓病における役割については十分には解明されていない。
虚血性心疾患の予防と改善に関与するホルモンの同定は、心筋梗塞の病態解明のみならず、新規の予防法と治療法の開発につながると考えられ、非常に注目されている研究課題の1つである。研究チームは脂肪が産生している「C1q/TNF-related protein 9(CTRP9)」というホルモンに着目し、CTRP9の虚血性心疾患に対する作用を解明した。
今回の研究では、冠動脈を一時的に結紮し解除する方法にて、心筋虚血再灌流するマウス急性心筋梗塞モデルを作成し、CTRP9の経静脈全身投与の急性心筋梗塞に対する作用が検討された形だ。
冠動脈結紮(心筋虚血)前にCTRP9を全身投与すると、非投与群に比し、心筋梗塞巣が縮小するのが確認されたのである。さらに、冠動脈の結紮解除(心筋虚血)後にCTRP9を全身投与しても、心筋梗塞巣縮小効果が認められた。これらのCTRP9による心筋保護作用は、心筋細胞のアポトーシス(細胞死)の抑制を伴っていたのである。
培養心筋細胞にCTRP9を添加すると低酸素/再酸素化刺激によるアポトーシスが抑制されることも確認された。さらに、CTRP9はアポトーシス抑制シグナル伝達物質である「AMP活性化プロテインキナーゼ」を活性化させ、心筋細胞のアポトーシスを抑制していることも判明。以上により、CTRP9は心筋細胞のアポトーシス抑制を介した心筋梗塞改善作用を有すると考えられるという結論に至ったのである。
また、マウスの急性心筋梗塞後の脂肪組織でのCTRP9発現は低下しており、血中CTRP9濃度も低値を示した。次に、肥満は心筋梗塞の発症基盤であるため、肥満状態での血中CTRP9濃度を検討すると、肥満マウスにおいてCTRP9の血中濃度は低下していたのである。
従って、CTRP9は抗アポトーシス作用を有し、虚血性心疾患に防御的に作用する脂肪由来ホルモンであると結論づけられた。CTRP9は心筋梗塞後や肥満で低下するため、CTRP9補充療法あるいはCTRP9の血中濃度を上昇させる治療方法は心筋梗塞の改善につながると考えられる。つまり、CTRP9は急性心筋梗塞の治療法開発の標的分子になりうると示唆されたというわけだ。
CTRP9の体内でのより詳しい機能がわかれば、肥満を基盤として発症する虚血性心疾患の原因の解明につながる可能性があるという。さらに、CTRP9は肥満状態で低下するため、このホルモンの量を増加させることや、このホルモンの働きをよくすることは、虚血性心疾患のみならずほかの肥満に関連する健康障害を改善する可能性もあり、多くの疾患の予防法、治療法の開発につながることが期待されると、研究グループは述べている。