物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の青野正和 拠点長、長谷川剛 主任研究者、鶴岡徹 MANA研究員らの研究グループは、ドイツ・アーヘン工科大学のR. バーザー教授、ユーリッヒ研究所のI. バロブ博士らの研究グループと共同で、固体電気化学反応における電子の授受とそれに伴う金属イオンの還元・析出反応を原子レベルで観察することに成功したと発表した。同成果は、英国科学雑誌「Nature Materials」オンライン速報版に公開された。

電子の授受によってイオン伝導体中のイオンが還元されて中性の原子となりイオン伝導体の表面に析出する現象(還元反応)、および表面に析出した原子がイオン化されて再びイオン伝導体中に取り込まれる現象(酸化現象)は固体電気化学反応と呼ばれ、19世紀から研究が行われてきており、現在では、燃料電池やガスセンサにおける電極反応などとして、幅広い分野で利用されている。

燃料電池の小型化や高寿命化をはじめとして、これら固体電気化学反応を利用したイオニクスデバイスの高効率化は、低炭素・省エネルギー社会を実現する重要な要素となっている。固体電気化学反応の基本的な描像は化学反応式によって記述され、巨視的にはかなり明らかにされているが、原子レベルでどのように反応が進むのかなどは、これまで明らかにされてこなかった。

イオン伝導体表面で起こるわずかな電荷(イオンや電子)の移動を観察する手法が無かったことが主な理由であり、このため、多量の電荷が移動する巨視的な反応から原子スケールでの反応過程を類推するしかなかった。

固体電気化学反応の効率は、電極の微視的な構造や組成に大きく影響されると考えられているため、固体電気化学反応を原子スケールで観察・理解することがイオニクスデバイスの高効率化を図る上で不可欠となっていた。

原子スケールで表面を観察する手法として、走査型トンネル顕微鏡法(STM)があるが、STMの観察ではナノアンペア程度の微弱な電流を測定用探針と観察試料との間に流す必要があることから、電子伝導性の無いイオン伝導体のSTM観察は出来なかった。

今回の研究では、イオン伝導体であるヨウ化ルビジウム銀(RbAg4I5)に不純物(Fe)をわずかに加えることで、固体電気化学反応に必要なイオン伝導体としての特性はそのままに、STM観察に必要なわずかな電子伝導性を発現させることに成功した。

この結果、固体電気化学反応に必要な電子の授受と固体電気化学反応に伴う原子の析出現象の観察をSTMで同時に行うことが可能になった。また、固体電気化学反応に伴う電荷(電子とイオン)の流れをファラデー電流と呼ぶが、今回の研究で観測されたファラデー電流は数十個の電荷であったという。

図1 固体電気化学反応によって形成されたクラスタ。(a)クラスタ形成前の表面。(b)クラスタ形成後の表面。(c)観察に用いたイオン伝導体(RbAg4I5)の表面構造。いずれもSTMによる観察像

これらの観察の結果、電圧を印加してからイオンの還元・析出反応が始まるまでに一定の時間(タイムラグ)を要することが確認された。解析の結果、これは一定数のイオンが表面近傍に集まるまでの時間であり、その集まったイオンが核を形成することではじめて還元・析出現象が起こることが判明した。

図2 固体電気化学反応過程。(a)模式図。反応過程は次の5つの領域に分割できる。(1)固体電気化学反応が起こらない条件(対向電極:上側)に正の電圧を印加)で表面をSTM観察。(2)負の電圧を印加してイオン伝導体に電子を注入。(3)一定の時間が経過すると、析出反応が起こる。(4)析出した原子が対向電極との間に架橋を形成する。(5)原子がさらに析出して架橋が太くなる。(b)観察結果。電極間に印加した電圧(緑)とそれに伴う電流(黒)の時間変化。電流変化から原子の析出量を見積もることが出来る。電圧を印加してから原子の析出が始まるまでの時間(タイムラグ)の存在が明らかになった

さらに、ある値以上の電圧を印加することで、表面近傍に到達したイオンが集まる必要無く1つずつ直ちに還元されて析出することが判明し、この結果、タイムラグは無視できるほど小さくなることが分かった。

固体電気化学反応による原子の析出現象を利用したイオニクスデバイスの1つに、原子スイッチがあるが、今回の観察に用いた基板材料を用いて原子スイッチを作製したところ、ある値以上の電圧を動作電圧に用いることでスイッチング時間が格段に短くなることが観察された。

図3 原子スイッチの動作時間。0.3V以下の電圧では一定数のイオンが集まってはじめて析出現象が起こる。一方、0.3V以上の電圧ではイオン1つから直ちに析出現象が始まる。0.3V以下の電圧領域に引いた赤い点線は、イオン1つから析出現象が始まると仮定した場合の動作時間。0.3V以上の電圧を用いることで、効率的に電気化学反応を誘起することができる

この結果は、前述の観察結果で得られた知見(一定の電圧以上で固体電気化学反応の効率が格段に上がること)で説明することができるという。

今回開発された手法は、固体電気化学反応全般に適用可能であり、今後、燃料電池の電極反応の高効率化を実現するための材料開発など、固体電気化学反応を用いる幅広い製品分野の開発において、開発指針を得る有益な手法として用いられることが期待されると研究グループでは説明している。