高輝度光科学研究センター(JASRI)、東北大学、山梨大学の3者は、次世代有機電子材料として注目されている導電性高分子材料「PEDOT:PSS(ポリスチレンスルホン酸(PSS)を添加したポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)フィルム」におけるPEDOT分子のナノサイズ結晶化を発見。高い電気伝導性の起源がナノ結晶による階層的な高分子構造(階層構造)にあることを明らかにし、導電性高分子フィルムの新たな開発製造指針を示した。同成果は、JASRIの藤原明比古主席研究員、東北大学金属材料研究所の佐々木孝彦 教授、山梨大学の奥崎秀典 准教授の研究グループによるもので、米国化学会発行の高分子科学専門の学術雑誌「Macromolecules」オンライン版に掲載された。

柔軟性に富んだ導電性高分子材料は、軽量で折り曲げ可能なディスプレイや電子素子の材料として期待されている。代表的な導電性高分子材料であるPEDOT:PSSは、大気中でも安定で、光の透過性も高いため、プラスティック材料の帯電防止コーティングに幅広く用いられており、将来的にはInなどのレアメタルを含まない透明電極材料として、有機ELディスプレイやタッチパネルなどへの製品応用も期待されている。しかし、これまでPEDOT:PSSフィルム中でのPEDOT分子とPSS分子の複合体がどのような階層構造をしているかは不明であった。また、フィルム作製方法によっては、導電性が1000倍ほど変わってしまうなど、基礎的な性質はほとんど明らかになっておらず、より高性能な機器への応用には大きな障害となっていた。

電気を流しやすい高分子PEDOTにPSSを添加することで電気を流す担い手がPEDOTに供給される。PEDOT分子やPSS分子の基本骨格が同じにもかかわらず、試料の作製方法が異なるだけで導電性が大きく異なることは、複雑な階層構造を持つPEDOT:PSSの構造が導電性を決定するのに重要な役割を担う事を示すものとなっている。このため、PEDOT:PSS複合体のPEDOT分子、PSS分子のみで構成されている部分の構造と両者が複合体を形成した全体の構造を調べ、それぞれの階層においてどのような構造であるかを調べることで、これまでの疑問点を明らかにすることができると研究グループでは考えた。

具体的には、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高指向性放射光X線を用いた小角・高角散乱測定から構造モデル解析を行った。PEDOT分子、または、PSS分子のみで構成される比較的微細な構造を高角散乱測定で、PEDOT分子とPSS分子が形成する複合体の大きな構造を小角散乱測定で調べることができ、試料には、印刷プロセスに用いられる液状のものと実際に機器や素子で使用されるフィルム状のものが用いられた。

水にPEDOT:PSSが分散している液状試料の場合、疎水性の(水との親和性が悪い)PEDOT分子が中心部にあつまってナノサイズの核(コア)となり、親水性の(水との親和性がよい)PSS分子がそれを囲んでいる殻(シェル)となったつぶれた球体(回転楕円体)の塊「ミセル」を形成していることが判明した。

図1 分散液中のPEDOT:PSSミセル(左)とフィルム状のPEDOT:PSS(右)の構造モデル。PEDOTは核(コア)、PSSは殻(シェル)を形成したコアシェル構造を形成している事を明らかにした。さらに、分散液中ではコアのPEDOTが乱れているのに対して、フィルム状ではPEDOT分子が整列しやすくなる。PEDOTがナノサイズのコア全体にわたり整列し、ナノ結晶を形成することで、PEDOT:PSSの導電性が向上することが明らかになった

これまでは、構造の詳細が調べられていなかったため、長いひも状のPSS分子に、PSS分子よりも短いPEDOT分子が張り付いているような構造が推測されていたが、今回の実験により、これまで考えられていた構造とは大きく異なり、コアシェル構造を形成していることが明らかとなった。

液状試料を基板に滴下し乾燥させたフィルム状にした試料では、コアシェル構造が維持されたまま、凝集することも判明した。また、分散液中ではコアのPEDOT分子の配列が乱れているのに対して、フィルム状試料ではPEDOT分子が整列しやすくなることも分かった。さらに、フィルム状試料を、エチレングリコール、エチルアルコール、水など極性分子に浸した後、再度乾燥したりすることで、PEDOT分子の整列がより促進されることも判明。この時、極性分子の極性が強い程、ナノサイズのコア構造の中でのPEDOT分子が整列した結晶が大きくなり、PEDOT:PSSの電気伝導性が向上する対応関係が明らかとなった。

図2

図2 PEDOTの結晶化の度合いと伝導度の関係。フィルム状の試料を極性分子に浸すことでPEDOTの結晶化度が向上(結晶のサイズの逆数が減少)する。さらに、結晶化度の向上に伴い伝導率が向上する明瞭な対応関係が明らかとなった

今回の研究では、極性の高い液体を添加することで乾燥に要する時間が長くなり、液体が徐々に乾燥する間に分子の整列(結晶化)が進む様子が明らかにされた。これは、乾燥プロセスの温度や湿度の制御だけで、より導電性の高いPEDOT:PSSフィルムを作製できることを示していおり、研究グループでは、今回得られた材料設計、作製行程改良の指針により今後、導電性高分子の開発を促進させることにつながるものとの期待を示している。