日本原子力研究開発機構(JAEA)は、チェコ科学アカデミー物理研究所、ドイツマックス・プランク研究所、ロシア科学アカデミープロホロフ研究所の協力のもと、高出力レーザーと固体ターゲットを利用した新しい超高出力・超短パルスのガンマ線の発生機構を発見したと発表した。

成果は、原子力機構量子ビーム応用研究部門の中村龍史研究副主幹らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米物理学会誌「Physical Review Letters」4月27日号の掲載に先立ち、同誌の電子版に近日中に掲載される予定だ。

レーザー技術の進歩によりその出力は着実に上昇を続け、それが新しい科学や技術の進歩を促してきた。現在ヨーロッパで10PWにも及ぶ超高出力のレーザー装置が建設中で、それを利用することで高エネルギー物理、素粒子物理学などの分野における新しい物理の解明に繋がるものと期待されている。

その中の1つが、「放射反作用」が関係するレーザープラズマ現象の解明だ。放射反作用は放射減衰効果とも呼ばれ、荷電粒子が加速度運動をする時に放射を出す反作用としてエネルギーを失って減速する現象のことを呼ぶ。そのような例として円形加速器(蓄積リング)からの「軌道放射」がある。なお、円形加速器から軌道放射で放出される光は「放射光」と呼ばれ、国内には「SPring-8」などの放射光を利用した実験施設が複数活躍中だ。

円形加速器は、磁力によりわずかな曲率を持つ曲線軌道と直線軌道をつなぎ合わせたものだ。荷電粒子は磁石で曲げられる際に大きな加速度を受け電磁波を放出し、同時に放射反作用によりエネルギーを失うのである。そのエネルギーロスを補うため、直線軌道で加速する必要があるというわけだ。なお放射反作用は、これまでのレーザー実験では無視できる程小さかったが、10PWというような高出力レーザーを利用する場合は無視できなくなってくる。

また、放射反作用については解明が進んでいない部分もまだまだあり、その1つが、ある高出力レーザーを固体に照射するようなケースだ。このような場合、非常に多くの電子がそれぞれ複雑な運動をするため、そこでの放射反作用が導くマクロな効果についてはわかっていなかったのである。

レーザー場中の電子における放射反作用の効果は、電子エネルギーの2乗とレーザー強度に比例する形だ。そのため、レーザー照射前に静止していた単一の電子に対しては、その効果は無視できる。

しかし、プラズマのように多数の電子がレーザー場中に存在する場合、それらの集団的効果によりレーザー場と複雑に相互作用する結果、放射反作用の効果が重要になる可能性があるのだ。その場合にはレーザー場が電子に作用する力に対して、放射反作用によりエネルギーを失う際に受け取る力が無視できない程度まで大きくなる。

このことが意味するのは、電子を加速度運動させるレーザー場のエネルギーが、光子として放射されるということだ。この時に放出される光子のエネルギーはガンマ線領域(波長はピコメートル、エネルギーは100万eV以上)となり、照射レーザーの光子のエネルギー(~1eV)より大幅に高くなる。

よって、プラズマ中の多数の電子がこのような運動をする場合、極めて効率よくレーザーのエネルギーをより高い光子エネルギーを持つガンマ線に変換することが可能ではないかと考えられた次第だ。

そこで、放射反作用の効果をシミュレーションに取り込み、世界に先駆けてプラズマの集団効果による高出力のガンマ線発生の可能性についての調査が行われた。その結果、30~60%の高い変換効率でガンマ線の発生が可能であることが発見されたのである。

高出力レーザーを固体に照射すると、照射表面が瞬時にイオン化し高密度のプラズマ状態となる。画像1は固体ターゲットに高出力レーザーを左から照射した時のプラズマの分布を示すシミュレーション結果だ。レーザー電磁場中で加速度運動をする電子からの強い放射がターゲット裏面の矢印方向に観測される。

画像1。高出力レーザーを個体ターゲットに照射した場合の電子分布。矢印はレーザー伝播方向及びガンマ線の放出方向を示している

画像2は、出力が10PW、パルス長は30fs、エネルギーが300Jのレーザーを固体に照射した場合に発生する放射の特徴を示したものだ。

レーザーエネルギーの約30%程度が放射として放出され、かつその放射時間は30fs程度と極めて短いことがわかる。その結果、出力が3PWという極めて高出力のガンマ線が発生することがわかった。

この時のガンマ線の放出方向の分布を示したのが画像3で、レーザー照射方向が0度だ。発生したガンマ線は全方向に均等に放出されるのではなく、レーザー照射方向から少しずれた方向に強く分布していることがわかる。

画像2。出力10PWのレーザーを個体へ照射した場合に発生する放射の出力及びエネルギー。3PWにも及ぶ超高出力・超短パルスのガンマ線が発生

画像3。ガンマ線の放出角度の分布。0度がレーザー照射方向。レーザー照射方向から少しずれた方向に最も強く放射される

発生するガンマ線の特徴はレーザーの出力やパルス長、またレーザー照射時に形成される照射面におけるプラズマの分布(表面プラズマの厚さ)にも依存。これらの間の関係を調べた結果が画像4だ。

3本の線は、エネルギーを一定に保ちレーザー出力及びパルス長を変えた場合を示している。表面プラズマの厚さ及び出力を最適な条件にした場合、超高出力のガンマ線が発生することを確認することが可能だ。また、予想されるように照射レーザーの出力が高い方が効率良くガンマ線が発生することもわかる。

画像4。放射出力と固体表面に形成されたプラズマの厚さとの関係。3本の線は、異なるレーザー出力、パルス長の場合を示す。ただし、レザーのエネルギーは一定にセットされている

レーザーにより加速された電子からの放射及びその反作用を利用したガンマ線発生は、ほかに類を見ない超高出力かつ超短パルス性を持った、新しいレーザー駆動のガンマ線源として利用できる可能性があることが判明した。

その応用例の1つとして、宇宙最大の爆発現象である「ガンマ線バースト」(1044J程度のエネルギーが0.1~1秒程度の間に放出され、その発生機構やその星間プラズマとの相互作用の解明が進められている)の解明への貢献が挙げられる。

ガンマ線バーストは、ブラックホールの誕生の瞬間に発生する説などが唱えられており、ビッグバン以降の宇宙初期の歴史の解明に大きく貢献すると期待されている天文現象だ。ガンマ線天文衛星などの活躍によりだいぶわかってきたことはあるものの、まだその発生機構や伝播過程は完全解明には至っていない。より詳細な観測を目指した研究が進められている状況だ。

ただし、いつどの方位で発生するかがまったくわからず、再現性もほとんどないため、いつでも好きなように観測できないのがこの現象の難しいところ。日本でも最近では、JAXAの小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」に「ガンマ線バースト偏光検出器」を搭載して金星に向かう途中に観測に成功し、そのデータを基に金沢大学などがその放射メカニズムの一部について解明したと発表を行っているが、まだまだ全解明にはデータが少ないところがある。

よって、実験室でこのような状況を模擬できればその仕組みの解明に大きく貢献できる可能性があることから、ほかの装置では実現できない今回の超高出力のガンマ線源の利用は大いに期待されているというわけだ。

また研究グループは、ガンマ線は物質の非破壊検査やイメージング、医療器具の放射性滅菌などにも利用されており、ガンマ線の高出力化によりそれらの精度向上や高効率化を実現することも期待されるとしている。