京都大学は、悪性がんの内部に局在する一部のがん細胞(腫瘍血管から100μm程度の距離に潜む低酸素がん細胞)が放射線治療を生き延び、遺伝子「HIF-1(低酸素誘導因子1)」の働きによって腫瘍血管に向かって移動し、最終的にがんの再発を引き起こすというメカニズムを解明したと発表した。また、HIF-1依存的な細胞の移動を抑制することで、放射線治療後のがんの再発を防げることも見出されたと併せて発表している。
成果は、京大学際融合教育推進センター生命科学系キャリアパス形成ユニット放射線腫瘍生物学グループリーダー・講師の原田浩氏らの研究グループによるもの。 研究の詳細な内容は、英科学誌「Nature Communications」に掲載された。
厚生労働省が公表した資料によると、日本人の約2人に1人が生涯の内にがんに罹患し、3人に1人ががんで命を落としていることが報告されている。外科手術、抗がん剤、放射線などの治療を施してもなお、満足な治療成績が得られない原因は、悪性がん内部の一部の細胞が治療を生き延び、がんの再発を引き起こすからであると考えられている状況だ。
しかし、治療抵抗性がん細胞ががん組織内部の何処に巣食い、どのようにがんの再発を引き起こすのかは明らかにされておらず、がんの完治を妨げる障害となっていた。
腫瘍血管を取り囲んで存在するがん細胞は、酸素と栄養源を容易に得ることができるために活発に増殖しているのが特徴で、「有酸素がん細胞」と呼ばれている(画像1:青と緑に挟まれた領域に存在)。
一方、血管から100μm程度離れているがん細胞は、血管から十分な酸素を得られないことから「低酸素がん細胞」と呼ばれている(画像1:緑色の領域に存在)。多くの低酸素がん細胞には、HIF-1(hypoxia-inducible factor 1)という遺伝子の働きによって低酸素環境に適応している「HIF-1陽性低酸素がん細胞」も、HIF-1活性を得られないながらも辛うじて生きている低酸素がん細胞「HIF-1陰性低酸素がん細胞」も存在する。
そこで今回の研究では、「放射線治療後のがん再発における低酸素がん細胞の役割」が解析された。
研究グループは、「Cre-ERT2/loxP」系を利用した部位特異的遺伝子組換え反応を利用して、HIF-1陽性低酸素がん細胞とHIF-1陰性低酸素がん細胞を光タンパク質で標識。そして、放射線治療後に再発してきたがんの内部に光標識細胞がどの程度存在するのかを定量した。
その結果、放射線治療前には悪性がんの17%にすぎなかったHIF-1陰性低酸素がん細胞が放射線治療を生き延び、再発がんの60%を占めるまでに増殖することが見出された(画像2)。この結果はHIF-1陰性低酸素がん細胞こそが再発がんの主な"源"であることを示している。
次に、がんの再発過程でHIF-1陰性低酸素がん細胞がどのように振舞うのかを解析した。その結果、この細胞群が放射線治療後にHIF-1活性を獲得し、それを引き金に腫瘍血管に向かって移動し始めることが判明(画像3)。また、HIF-1阻害剤によってこの移動を抑制することで(画像4)、放射線治療後のがんの再発を防げることが見出された。
画像3(左)・4。HIF-1陰性低酸素がん細胞(赤)は放射線照射後にHIF-1活性を獲得し、腫瘍血管(青)に向かって移動し始めた。この移動はHIF-1阻害剤によって抑制出来、これががんの再発抑制につながった。画像中の青い部分は血管、緑は低酸素がん細胞、赤は光標識細胞(元HIF-1陰性低酸素がん細胞) |
放射線治療を生き延び、がんの再発を直接引き起こす細胞群を同定することに成功し、またがんの再発を導くメカニズムを明らかにすることができた形だ。これらの成果は、放射線治療後に活性化するHIF-1を阻害してがんの再発を防ぐという治療法の確立につながるという。また、再発源となるがん細胞の局在が明らかになったことで、そこに高線量の放射線を集中照射するという放射線治療法の確立につながるともコメントした。