理化学研究所(理研)は4月11日、小型の霊長類「コモンマーモセット」を用いて、新生児の広範な脳領域において26個の遺伝子の発現様式を明らかにしたと発表した。
成果は、理研脳科学総合研究センター 視床発生研究チームの下郡智美チームリーダー、益子宏美テクニカルスタッフと、理研-慶大連携研究チームの岡野栄之チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月11日付けで米科学雑誌「Journal of Neuroscience」に掲載された。
霊長類の脳がどのように形成され、機能しているのかを明らかにすることができると、ヒトの高次脳機能の理解や精神疾患の発症メカニズム解明、治療方法の開発などにつながる可能性がある。そのためには、まず脳の「どこに」「いつ」「どのような」遺伝子が発現しているのかという発現様式の情報が必要だ。
これまで、脳発生メカニズムを解明するためのモデル動物として、最も多く使われてきたのはげっ歯類のマウスである。しかし、系統発生的にげっ歯類と霊長類は離れており、生理学的、解剖学的、組織学的にも違いがあるため、研究結果を直接ヒトに当てはめることが困難だった。
また、ヒトに近いとされるマカクサルなどの大型のサルを用いた実験では、一度に多数の遺伝子の発現を脳の広い領域で調べることができず、複数の個体を比較するには、経済的、時間的、人的な制約がある。
そこで研究グループは、従来用いられてきた大型のサルと比較して、小型で成長が早く繁殖効率の良い小型のサル「コモンマーモセット」に着目した。
コモンマーモセットは南米原産で、成体でも体重は300~500g程度という小型のサルだ。1度の出産で2~3匹を出産し、雄雌の両方で子育てをする非常に社会性に優れた霊長類である。1年半から2年で性的に成熟して繁殖が可能になるという、成長が早い点が特徴。
アカゲザル、カニクイザル、ニホンザルなどのマカク属サルは低繁殖力で室内繁殖が難しいためサンプルの確保が難しい。一方、マーモセットは小型で取り扱いが比較的容易で、飼育スペースが小さくてすむため飼育環境を整えやすく、霊長類の中では非常に優れた繁殖効率を持つ。このような利点から、品質が安定した個体を計画的に繁殖できるため霊長類の実験動物としてよく用いられ、計画的なサンプルの確保が可能だ。
こうした特徴から、コモンマーモセットを用いて、脳の広範な領域における複数の遺伝子発現様式を調べ、これまでマウスで得られている知見と比較することで、ヒトのモデル動物として適しているのかどうかが検討されたのである。
まず、コモンマーモセットの脳内で発現する「標識プローブ」(同定したい遺伝子と相対的な配列を持つ短い遺伝子を試験管内で合成時に検出可能なラベルを付けたもの)を作製するため、新生児のコモンマーモセットの脳の遺伝子ライブラリを作製した。
次に、マウスの脳内でその詳細な発現様式が知られている26個の遺伝子に的を絞り、それらに相当するコモンマーモセットの26個の遺伝子を遺伝子ライブラリから単離。そして、標識プローブを作製、「in situ ハイブリダイゼーション(ISH)法」という染色法で遺伝子発現様式が調査された(画像1)。
なおISH法とは、特定の遺伝子が体の中のどの細胞で発現しているかを、特定の標識プローブを用いてmRNAの分布を検出することで、直接細胞や組織中での発現様式を観察できる方法のことである。
その結果、約1年半という短期間で遺伝子発現を、大脳皮質や視床などのほぼ脳全体で確認することに成功した。
詳細な解析の一例として、多くの脳領域(大脳皮質領域、大脳皮質の層、海馬、視床など)において、ほ乳類の大脳皮質の基本的な構造の1つの層構造形成に重要な役割を持つ「Satb2遺伝子」は、マウスと同じ発現様式を示すことを明らかにした(画像2・中)。一方、神経軸索投射や神経回路形成をコントロールする「EphA6遺伝子」のように、マウスとは異なる発現様式を示す遺伝子も多数ありました(画像2・右)。
画像2についてだが、上がコモンマーモセットで、下がマウスのもの。左の列の画像は、神経細胞の染色によく用いられるニッスル(Nissl)で染色した海馬の様子。中央は、Satb2遺伝子。CA1領域、ProSでコモンマーモセットもマウスも同じように発現する(赤矢印)。右列は、EphA6遺伝子。マーモセットでは発現がDGに見られるものの、マウスではほとんど発現が見られない(水色矢印)。
なお各領域の略語だが、CA1・CA2・CA3はアモン角領域、DGは歯状回、ProSは前海馬支脚、Subは鉤状回、Entは内嗅皮質。
これらの結果は、これまで培われてきたマウスによる脳発生や脳機能解析を含む研究の結果を、霊長類の高次脳機能を理解するときにどこまで使えるかを判断する上で重要な知見となると、研究グループはコメントしている。