信州大学は、米国プリンストン大学との共同研究で、新規人工設計タンパク質「WA20」の新奇な「クロスヌンチャク型立体構造」を解明したことを発表した。同成果は、信州大学ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点の新井亮一助教を中心とし、繊維学部応用生物学系 生物資源・環境科学課程 新井研究室の応用生物科学専攻修士1年 小林直也氏、応用生物科学科卒業生 木村曉歩氏(現 カイゲン)らと、若手拠点 佐藤高彰 助教、米国プリンストン大学のMichael H. Hecht教授らによるもので、米国化学会誌「The Journal of Physical Chemistry B」に掲載された。
タンパク質は、20種類のアミノ酸が順番に一列に連結した生体高分子であり、生体内で様々な機能や構造を担う重要なナノスケールの物質だ。これらのタンパク質の働きに異常が発生すると病気を引き起こす原因になったり、病気を治すためにも様々なタンパク質が働く必要がある。
また、生体内で様々な代謝反応を行うために、温和な生体条件下で効率よく反応を触媒する酵素タンパク質が働いており、これを工業的に応用することができれば、環境負荷の少ない化学反応プロセスを構築できる可能性があることから、これらのタンパク質を自在にデザインし、望みの機能を実現しようという研究が各所で進められている。しかし、一般に20種類のアミノ酸をランダムに100残基並べた場合、20100=約1.3×10130通りの組み合わせがあり、その中から安定な構造や優れた機能を持つタンパク質の配列をランダムに探索することは極めて困難であるため、安定な構造を持つ新規人工設計タンパク質の創製に成功しているのは、世界でも未だごく少数のグループに限られているのが現状だ。
今回の研究にも参加しているMichael H. Hecht教授の研究室では、タンパク質の表面には親水性アミノ酸、内側には疎水性アミノ酸が配置されるように、目的とする立体構造に応じて、アミノ酸の配列パターンをデザインする方法である「バイナリパターン法」を用いた新規人工設計タンパク質の創製に関する先駆的な研究を行ってきており、例えばαヘリックスが3.6残基ごとに1回転することに着目し、3もしくは4残基ごとに疎水性アミノ酸を配置し、その他の領域には親水性アミノ酸を配置することで疎水性残基を縦一列に配列。さらに、そのαヘリックスを4本束ね、内側に疎水性領域を形成し、各ヘリックスをターン構造でつなぎ合わせることにより、4本ヘリックスバンドル構造タンパク質のデザイン及び創製に成功している。
こうした成果の中でも、WA20は生細胞内で大量生産することができ、熱や変性剤に対する安定性が特に高い新規人工設計タンパク質である。ヘムと結合し、弱い酵素活性も持っているが、なぜWA20が安定で、酵素活性を示すのかなどの詳細については不明のままであった。
タンパク質の構造や機能などの詳細を解明するためには、原子レベルでタンパク質の立体構造を解析する必要があるため、研究グループでは、WA20の立体構造をX線結晶構造解析法により解明することを目指して、WA20の結晶化に5年以上かけて研究を行ってきた結果、構造解析が可能な良質の結晶の作製に成功。
これらの結晶を用いて、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構 放射光科学研究施設フォトンファクトリー(Photon Factory, BL-5A)において、単結晶X線回折実験を行い、WA20の立体構造を原子レベルで解明した。
この結果、WA20は、当初予想されていた図2のような単独の1分子からなる4本ヘリックスバンドル構造ではなく、2本の長いαへリックスが連結した「ヌンチャク」のような形状をとり、このヌンチャク型のWA20分子2つ(図1や図4の赤色と水色)が、それぞれ互いに挟みこむように組み合わさることで、特徴的な「ドメインスワップ4 本ヘリックスバンドル二量体構造(クロスヌンチャク型二量体構造)」を安定的に形成していることが明らかとなった。
また、立体構造の表面を詳細に調べたところ、2つの比較的大きなポケット(穴)が見つかり、これらが基質結合部位として働いて弱い酵素活性を示す可能性が示唆された。さらに、小角X線溶液散乱実験により、WA20の構造は溶液中でも安定であり、その分子量は二量体に相当する約25kDaと判明し、溶液中の構造も結晶構造解析で見出された二量体構造と事実上一致することが確認されたという。
なお、研究グループでは今後、このWA20の特徴的なクロスヌンチャク型二量体構造を活かし、ナノスケールのブロックパーツとしての応用を検討していく予定だとしている。この応用により、例えば、図5のようなWA20を連結したナノバイオ分子を作製し、新奇なナノ構造構築や自己組織化ナノバイオファイバー創製への応用展開が考えられるようになるという。