東京大学と北海道大学(北大)は3月28日、「2次元高分解能2次イオン質量分析計(ナノ・シムス)」を用いて、亜熱帯に生息するシャコガイの殻を2μmの分解能で分析したところ、シャコガイは1日1本、数10μm間隔で「日輪」を刻みながら成長していることを確認し、分析の結果から殻のストロンチウム/カルシウム(Sr/Ca)比が、日射量の変化に対応しながら周期的に変化することを明らかにしたと発表した。

成果は、東大大気海洋研究所海洋化学部門の佐野有司教授、同高畑直人助教、同大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターの白井厚太朗助教、北海道大学大学院理学研究院自然史科学部門の渡邊剛講師らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、3月27日付けで英科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

近年、人為起源の二酸化炭素(CO2)の増加による地球温暖化が問題になっているが、CO2などの温室効果ガスは副次的に気温上昇を引き起こすものの、地球の気温は1次的には日射量によって決まる。

また、日光は植物の光合成に必要不可欠な要素であり、日射量は農作物の豊作不作に大きく影響を与えるものだ。さらに、人間を含むほとんどの生物は昼と夜で行動様式が異なり、日照サイクルは生物の行動様式にも影響を与える。

このように、日射量は地球環境や生物などに非常に大きな影響を与える重要な環境要素だといえ、地球温暖化などの環境変動やそれに対する生態系の応答を調べる上で、過去の日射量に関する情報は非常に重要だ。

しかし、日射量に関する正確な観測データは、それほど長い期間の蓄積があるわけではない。過去の環境を調べるためには、サンゴや二枚貝、有孔虫など生物の形成する炭酸カルシウムの骨格に含まれる微量元素や同位体組成を分析することで、その当時の環境を明らかにするという手法が、これまでは多く用いられてきた。

例えばサンゴ骨格のSr/Ca比や有孔虫のマグネシウム/カルシウム比を分析することで、過去の水温の履歴が明らかにされてきた次第である。ほかにも炭酸カルシウムの分析により塩分、pH、栄養塩などを復元する試みが行われてきた。しかし、炭酸カルシウム骨格を用いて過去の日射量を明らかにする手法を確立することに成功した研究例はこれまでなかったのである。

研究グループは過去の日照サイクルを記録しているものの候補として、熱帯から亜熱帯にかけて生息し、最長で百年以上の寿命を持つシャコガイの殻に含まれる微量元素に注目した。

シャコガイは体内に微小藻類を共生させることで光合成に由来する栄養分で成長することができ、その殻には昼夜のリズムに対応し、数10μm間隔で1日1本、日輪が形成される(画像1)。

日輪が形成される理由は、昼夜で貝殻の成長速度が異なるため、1日ごとにストロンチウム濃度の縞模様が作られるからだ。画像1eの黄色と緑の縞模様が日輪である。なお、ストロンチウムはカルシウムと似た性質を持つ元素で、海水に比較的多く含まれており、炭酸カルシウムに取り込まれやすい。

画像1の説明だが、(1a)がシャコガイ(ヒレナシ)の殻。(1b)は切断法。(1c)は電子線プローブ・マイクロアナライザ(EPMA)による分析位置。(1d)は反射電子像。(1e)日輪の縞模様と推定された日時を示す。画像3のデータは1cの赤い四角(約500μm)中の分析値で、画像4のデータは1cの緑のマークに沿った全体の分析値だ。

画像1。資料の数々

研究グループでは、沖縄県石垣島でシャコガイの一種の「ヒレナシ」を飼育し、並行して環境データの観測を行った。飼育したシャコガイの殻を最先端の2次元高分解能2次イオン質量分析計を使って2μmの解像度で微量元素組成の分析を行った。この2μmという解像度は炭酸カルシウム中の微量元素組成の分析手法としては世界最高レベルの解像度だ。

ちなみに2次元高分解能2次イオン質量分析計とは、試料表面に細く絞ったイオン(1次イオン)のビームを照射し、その衝撃で試料から飛び出してくるイオン(2次イオン)を分析する装置(画像2)。「ナノ・シムス」はその名の通り、1次イオンを細く絞り、極めて微小な領域(ナノオーダー)を分析するのに特化した装置である。

画像2。2次元高分解能2次イオン質量分析計

殻に含まれるストロンチウム、マグネシウム、バリウムの組成を分析した結果、マグネシウムとバリウムは環境の変化に対して比率が変化しないことが判明。一方、ストロンチウムは昼に形成される部位でSr/Ca比が低く、夜に形成される部位でSr/Ca比が高いという日射量に対応する明瞭な日周期変動を示すことが確認された(画像3)。

また年間を通した変動も、日射量の高い夏期にSr/Ca比が低く、日射量の低い冬期にSr/Ca比が高いという、日射量におおむね対応する変動パターンを示したのである(画像4)。

表の内容だが、画像3は画像1cの赤い四角中(約500μm)の日周変動を示す分析結果で、上はマイクロメートル間隔のSr/Ca比の変動パターン。下は分析した期間(2005年9月21日から10月14日)に相当する日射量の変化。Sr/Ca比が日射量に応答して変動する様子が見て取れる。

画像4は、画像1cの緑のマークに沿った全体の年周変動を示す分析結果で、上は50μm間隔のSr/Ca比の変動パターン。下は分析した期間(2003年9月1日から2005年10月14日)に相当する日射量の年周変化。長期間で見てもSr/Ca比が日射量に応答して変動する様子がわかる。

画像3。日周変動を示す分析結果

画像4。年周変動を示す分析結果

この結果は、化石のシャコガイの殻を同様に分析することで数1000年前の日射量に関する情報を、約3時間の間隔で明らかにすることができる可能性を示しているという。

今後、シャコガイ殻の分析から過去の日射量の復元を行うためには、シャコガイのSr/Ca比がどの程度正確に日射量を記録しているのかをより詳細に検証する必要がある。また、シャコガイのストロンチウム含有量がどのようなメカニズムで日射量に応答して変化しているのかを正しく理解することも同様に必要だ。

今回の成果は、日射量という極めて重要な環境要素を観測記録の存在しない時代までさかのぼって明らかにできる手法の可能性を示した重要な結果であり、研究グループは今後さらなる検証を行い、過去の海洋環境の高解像度復元を進めていく予定としている。