京都大学は、チンパンジーへの研究から、ヒトの先祖が2足歩行をするようになった理由が、限られた資源を独占するために1回にできるだけ多くの資源を持ち運ぼうとしたからと考えられると発表した。

今回の成果は、京大霊長類研究所の松沢哲郎教授らの研究グループと、英ケンブリッジ大学のスザーナ・カルバーリョ博士、英オックスフォード大学のドラ・ビロ博士らを中心に、日英米ポルトガルの4カ国の国際共同研究チームによって得られた。詳細な研究内容は、3月日20付けで米学術誌「Current Biology」電子版に掲載された。

今回の研究は、食物資源が限られている時に、チンパンジーたちがどのようにふるまうかを分析したものだ。松沢教授らは、これによって初期の人類ないし人類に近い祖先が、どのようにして2足歩行をするようになったかという過程が解明できるという。

今回の観察事実に基づくと、チンパンジーが4足歩行ではなくて、立ち上がって2足歩行をするのは、ある資源をほかの仲間に取られないように独占しようとする時で、特にその資源に限りがある時や、その貴重な資源に次にいつ発見できるかわからないような時に、独占しようとして2足で立って持ち歩く。手が自由になる分だけたくさん持ち運べるからだ(画像)。

画像1。2足歩行ならではの、両手と口の3個持ち。4足歩行なら口に1個くわえるしかない。資源が限られ、他者との競合が激しい時、チンパンジーは1回でたくさん運べることから立って2足歩行をすることが多いことが、今回の観察で判明した

このチンパンジーの観察結果からすると、初期人類は限られた資源が必ずしもいつも手に入るわけではなく、常に変化する厳しい環境で暮らしていたことが考えられるため、そうした環境への適応を永年にわたって繰り返すうちに、直立2足歩行が常態化し、それにつれて人体の形態そのものも変化したという。つまり、食物や各種の資源を争うことで手に入れられる環境の元で、2足歩行に有利な自然選択が働いたと考えられるわけだ。

ケンブリッジ大学人類学・考古学部のウィリアム・マグルー教授によれば、「人間の進化のカギとなる直立2足歩行は、今回の論文が示唆するような、物を持ち運ぶ戦略の結果であり、それが永年にわたって続くことで人間独自の進化の方向に導かれた」という。

化石の証拠がないので、これまで初期人類がいつごろから直立2足歩行をしていたのかについては議論が分かれていた。広く信じられていることとしては、気候変動によって森林が後退し、開けた場所を長距離移動せざるを得なくなった、と考えられている。

しかし、今回の新たな発見は、もう一段掘り下げた説明を可能にしているという。気候変動による森林の後退に伴う長距離移動が、特にどのような選択圧がかかって、それが姿勢や移動の形態を変えるようになったのかを明らかにしたわけだ。

2足歩行そのものは現生の大型類人猿もすることなので、研究チームは、チンパンジーの行動を調べてどういう時に2足歩行をするのかを明らかにしようと試みた。チンパンジーは、いつ、なぜ、2足歩行をするのかという研究である。

2つの研究が行われ、最初の研究は、ギニアのボッソウ森林につくった京都大学式の「野外実験場」の成果として報告された。この野外実験場では、2種類のナッツを異なる割合で用意して、チンパンジーに提示。アブラヤシは、ボッソウではどこにでもあるナッツだ。もう1つのクーラ・エデュリスのナッツは、ボッソウにはないものなので、次はいつ手に入るかわからない貴重な品である。

チンパンジーの行動を、以下の3条件で調べた。(a)アブラヤシだけが手に入る条件(つまり基準となる対照条件)、(b)アブラヤシに加えてクーラがほんの少量ある条件(7:2の比率)、(c)アブラヤシよりもクーラがたくさんある条件(2:7の条件)である。

クーラがほんの少量ある条件の基で、チンパンジーは1回にたくさんのクーラを運び、クーラがたくさんある時はアブラヤシをまったく無視してクーラだけを運んだ。まず明らかに、チンパンジーにとってクーラは大好きなナッツで、それをめぐる競争も苛烈になることがわかる。

そうした競合場面では、チンパンジーが2足になる頻度が通常(アブラヤシの場合)の4倍に増加した。2足歩行によってこの貴重な資源をよりたくさん運ぶことができたのは当然だが、さらに、1回の運搬でできるだけたくさん運ぼうとしていることも明白になった。自由になった手だけでなく、口までも使ったのである。

そして第2の研究は、英オックスフォードブルックス大学のキムバリー・ホッキングス博士が主導する形で行われた。彼女の14カ月に及ぶボッソウでの調査中に生じたチンパンジーの畑あらしの記録資料を解析したのである。

人間の畑の作物を盗むことから、当然、競合は激しい事態だ。その結果、観察事例のうちの35%の場合で、直立2足歩行ないしそれに類似の行動が見られた。この場合も、1回の運搬で、貴重な品をできるだけたくさん運ぼうとしていることが明白だったのである。

研究の結論をいえば、まずチンパンジーはクーラのナッツなどを貴重な限りある資源だという認識だ。そうした資源が乏しくて限りがあり、「来た者順で、最初に来た者勝ち」というような場合には、チンパンジーは直立2足になりやすい。理由は、これまで述べたとおり、その方が貴重な品を1度にたくさん運べるからである。

ヒトの初期の祖先たちは、気候変動と急速な環境変化によって、予測できない貴重な資源に遭遇することが多くなったと考えられるという。その時、直立2足歩行する者の方が得だった。さらに、1回の運搬でより多くを運ぶためには、形態学的な変化を伴った者の方が有利に働き、結果としてより生き残れたわけだ。こうして、直立2足歩行をする選択圧が働くようになった。そして長い世代を重ねていく中で、直立2足歩行が常態化していったと考えられるのである。