九州大学とPicoCELAは、アクセスポイント間を無線中継によりリンクさせることでLANケーブルの配線を不要にする「無線バックホール」技術による独自開発の機器を活用することによって、博多埠頭に隣接する複合商業施設「ベイサイドプレイス博多」の施設全域(総面積1万2200平方メートル)を隅々までWi-Fi空間とすることに成功したと発表した。
成果は、九大大学院システム情報科学研究院の古川浩教授の研究グループと、古川浩教授が代表を務める「MIMO-MESHポイントの開発」プロジェクトの成果を事業化するべく設立されたPicoCELAによるもの。今回の広域Wi-Fi空間構築は、ベイサイドプレイス博多の協力の下、海外からの来訪者が多い観光スポットのITインフラ強化を目指すべく実現された。
スマートフォンの普及に伴う無線インターネットの利用拡大は、通信回線をパンクさせるほどの勢いで進行中だ。そこで登場したのがWi-Fiオフロード技術で、同技術は無線インターネットのトラフィックを携帯電話(ケータイ)網からWi-Fi網へと退避させてこの問題を解決する仕組みである。
しかし、Wi-Fiアクセスポイントの乱立によって、ケータイ網とWi-Fi網との間で頻繁な接続切り替え(システム間ハンドオーバ)が発生し、不快な通信途絶を引き起こしてしまっているのが現状だ。さらに、一部のユーザは端末のWi-Fi通信機能をオフにしてしまっており、Wi-Fiオフロードが意味をなさなくなってしまっている状況も珍しくはない。そうした状況を解決すべく、九州大学とPicoCELAは新たな技術の開発に挑んだのである。
PicoCELAが提供するWi-Fiアクセスポイント機器「PCWL-0100」(画像1)は、九州大学が開発した独自の「ダイナミック・ツリー経路制御」と「フレーム転送タイミング制御」により10段以上の多段中継を可能とするという性能を有する点が特徴だ。
見通し内中継回線到達距離は約150mで、設置現場では、中継段数の制限を気にすることなく、PCWL-0100を電源に接続するだけで気軽にWi-Fiエリアの構築や拡張をすることが可能である。
新たにWi-Fiエリアを構築する時は、PCWL-0100を必要な数だけ設置した後、どれでもいいので1台をインターネットにつなぎ、後はどれか1台の「リルートスイッチ」を押すだけ。
PCWL-0100を設置指定ある既存のWi-Fiエリアに死角をなくすために新たに追加した時も、どれでもいいのでリルートスイッチを押せばネットワークが自動で再構成されるという手軽さだ。
画像1。PCWL-0100。幅142mm×高さ118mm×奥行き39mm、重量450g、消費電力平均10W。電源さえ確保できれば、LANケーブルの配線は一切することはなく使用でき、またネットワークの設定も超簡単 |
そんなPCWL-0100を使って、今回ベイサイドプレイス博多に構築したWi-Fiシステムのカバーエリアが図1である。図2は、某事業者によるベイサイドプレイス内に既設のWi-Fiシステムのカバーエリアだ。どちらも、2階建て施設の1階部分のみ表示している。市販のサイトサーベイツールによる実測結果で、測定は2012年3月に行われた。
測定機器の誤差などを含むため、実際のカバーエリアを100%保証するものではないということだが、今回構築したWi-Fiエリアが、施設の大部分を途切れることなくカバーできている様子がわかる。
それに対して、図2の一般的なオフロード用Wi-Fiシステムは、網内の至る所に電波不感地帯(デッドスポット)が生じているのが見て取れるはずだ(完全に赤く染まってしまっている大きなエリアもある)。デッドスポットが多数存在すると、システム間ハンドオーバが頻繁に発生してしまう。これが不快な通信途絶の原因なのだ。
画像2。ベイサイドWi-Fiのカバーエリア。緑色が通信可能エリア、黄色は通信が不安定なエリア、赤色は通信不能エリア |
画像3。某事業者による既設Wi-Fiシステムのカバーエリア。緑色が通信可能エリア、黄色は通信が不安定なエリア、赤色は通信不能エリア |
このように、PCWL-0100を活用すれば、もしネットワークの運用を開始した後にデッドスポットが見つかった場合でも、新たなPCWL-0100を追加するだけで、LANケーブル配線の必要なく、迅速にエリアの補充が行うことが可能である。結果として、LANケーブルの配線量も減らせるというメリットもあり、Wi-Fiオフロードシステムの敷設コストを低減できるというわけだ。
また、LANケーブルの配線の必要がないということは、配線が困難なために十分な数のアクセスポイントを設置できなかった場所でも、PCWL-0100なら自由にアクセスポイントを増設することが可能となる。
さらに、通信事業者がサイトオーナーとの設置交渉に困難を感じるケースがあったとしても、PCWL-0100によってLANケーブル配線の制限を受けることなく設置場所を自由に決められるため、解決への糸口を提供できる可能性が高まるというメリットまで生じるわけだ。
ベイサイドプレイス博多では、複数のPCWL-0100が連携することによって、あたかも1台のWi-Fiアクセスポイントが総面積1万2200平方メートルの施設を隅々までカバーしているような状態を作り出している。これにより、不快な通信途絶の発生が抑制され、スマートフォンユーザはもうWi-Fi通信機能をオフにする必要がないというわけだ。
古川教授らは、今回の広域Wi-Fi空間技術に関して、スマートフォンの普及に伴い急激に増大しているモバイル通信トラフィックを吸収し、既存の携帯電話網の品質向上に貢献していけると、コメントしている。