半導体回路設計ツール(EDAツール)の大手ベンダである米Cadence Design Systemsは、顧客向け技術講演会「CDNLive! Silicon Valley 2012」を3月13日~14日に米国カリフォルニア州シリコンバレーのDoubleTree Hotelで開催した。キーノート・セッションではCadenceに続き、TSMCとARMが基調講演をつとめた。TSMCとARMは、Cadenceが密接な協業関係を構築している2企業である。

TSMCからは米国法人TSMC AmericaのプレジデントをつとめるRick Cassidy氏が講演した。講演タイトルは「Life in the Silicon Century」である。

TSMC AmericaのプレジデントをつとめるRick Cassidy氏

Cassidy氏はまず、1970年から2011年までの半導体の進化を概観した。集積度当たりの価格でみると、1970年にトランジスタ1個当たりの価格は1ドルだったのが、2011年には10のマイナス8乗(10-8)ドル、すなわち1億分の1ドルに下がった。言い換えると、1億トランジスタの半導体チップが1ドルで入手できることになる。一方、動作周波数当たりの価格でみると、1970年に1個のトランジスタの1Hz当たりの価格は10のマイナス7乗(10-7)ドルだったのが、2011年には10のマイナス18乗(10-18)ドルに下がった。この間に価格は10のマイナス11乗、すなわち1,000億分の1に低下したことになる。

1970年と2011年における半導体のコストを比較

このような劇的な変化は、半導体の産業構造の変化とともに進行した。1970年代は垂直統合型半導体メーカー、いわゆる設計と製造の両方をてがける企業が半導体産業の主役であり、設計ツールはほぼ内製であり、製造装置ですら内製という場合があった。製造ではパッケージングと検査も内製だった。

これが1980年代に入ると、設計ツールベンダ(EDAツールベンダ)が登場し、市販の設計ツールが普及を始める。一方でパッケージングと検査の外注が始まる。水平分業の始まりである。

1990年代には、設計と製造の分離が進行する。いわゆるファブレスとファウンドリである。設計ツール、ファブレス、ファウンドリ、アセンブリおよびテスト、という水平分業が半導体産業の主流となっていく。また1チップのシリコンダイに集積できる回路規模の増大により、回路ブロックをIPコアとして販売する企業、すなわちIPベンダが登場する。

2000年代に入ると半導体チップはシステムを1チップに収納できるようになる。半導体設計はシステム設計を取り込み始め、EDAツールベンダは設計サービスを手掛け始める。

そして2010年代以降は、設計と製造の複雑化に対処するため、最先端チップでは水平分業化した各階層間の連携が必須となっている。またファウンドリは、アセンブリの一部である2.5次元あるいは3次元の実装技術を取り込み始めた。

1970年代から2010年代までの半導体産業の構造変化

半導体を取り巻く技術課題は山積しており、技術開発とは課題との闘いでもある。設計はさらに複雑さを増し、リーク電流は増加し、微細化に伴う製造の困難さは高まり、設計課題はより厳しくなっている。特に設計の課題は変化が激しい。タイミング収束から、信号品質(シグナル・インテグリティ)、消費電力、消費電力当たりのコスト、消費電力当たりのコスト見積もりへと変化している。

研究開発費用は、微細化が進むごとに増加してきた。今後もこの傾向は止まるどころか、かえって費用が増大する傾向にある。このため、最先端の製造技術ではなく、既存の製造技術を利用し続ける企業が増えてきた。微細加工寸法でみると数多くの世代が同居しており、しかも、同居する世代は今後、さらに増えていく。すなわち世代の違う数多くの生産ラインが稼働しつづけることになる。

先端半導体チップの設計課題の変化

半導体の微細化と研究開発費の増加

TSMCの半導体生産ライン。6インチ(150mm)と8インチ(200mm)のシリコンウェハを扱う旧世代のラインと、ギガファブと呼ぶ12インチ(300mm)のシリコンウェハを扱う新世代のラインに分かれる

それからCassidy氏は、50年後の半導体チップを予測してみせた。50年前の1962年における半導体チップをニューヨークのマンハッタン島に喩えると、2012年の現在は、マンハッタン島が携帯プレーヤ「iPod」に収まるほどの発展を見せた。これを50年後に外挿すると、2062年のiPodは地球全体を収められるほどに進化しているという。

1962年の半導体チップをニューヨークのマンハッタン島になぞらえる

2012年の現在はiPodにマンハッタン島がすっぽりと収まる

2062年には地球全体がiPodに収まる

2014年には50億台のスマートフォンが稼働

続いてARMのCorporate Development担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントをつとめるTom Lantzsch氏が講演した。講演タイトルは「Your World at Your Fingertips」である。

ARMのCorporate Development担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントをつとめるTom Lantzsch氏

Lantzsch氏はまず、ARMコアが最も普及している携帯電話機のトレンドを解説した。2012年から2014年にかけて携帯電話機、より具体的にはスマートフォンは、いろいろなOSとアプリケーション、コンテンツを内蔵し、LTE技術でデータ通信し、世界中で50億台を超える台数が稼働し、そのおよそ8割は新興国で使われ、サーバー1台当たりに約600台のスマートフォンが接続されるようになる。

それからARMコアの応用分野であるモバイル、ホーム、自動車の3分野について2011年と2012年のトレンドを総括してみせた。

2012年から2014年の携帯電話機(スマートフォン)

モバイル分野の2011年と2012年以降のトレンド

ホーム分野の2011年と2012年以降のトレンド

自動車分野の2011年と2012年以降のトレンド

さらに、ARMコアの新たな応用分野であるサーバ分野を解説した。サーバはその消費電力(パワー)と設置容量(スペース)が無視できないほど大きな問題となっていることから、ARMコアを内蔵するSoC(System on a Chip)によるサーバ「ARMサーバ」がその解決策として望まれているとした。

SoCの例として、Calxedaが開発中のARMコア内蔵SoCと、サーバ用ボードを挙げた。動作時の消費電力は5Wと低く、大きさはiPhone程度しかないという。また待機時の消費電力は「信じられないくらい低い(You wouldn't believe me if I told you)」としていた。

Calxedaが開発中のSoCは、HPが開発中の次世代サーバ「Redstone」向けである。Redstoneではx86プロセッサのサーバに比べ、消費電力エネルギーを89%削減し、設置容積を94%削減し、コストを63%削減することを目標としている。

ARMサーバの必要性

Calxedaが開発中のARMコア内蔵SoCと、サーバ用ボードの内部ブロック

HPが開発中の次世代サーバ「Redstone」の概要。なおRedstoneは、HPの次世代サーバシステム開発プロジェクト「Moonshot」の一環でもある