宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業(MHI)は3月8日、2012年度の打ち上げを予定しているH-IIBロケット3号機のコア機体(第1段と第2段)を、MHI飛島工場(愛知県海部郡飛島村)にてプレス向けに公開した。同14日頃に工場から出荷し、16日頃より種子島宇宙センターにて組み立て作業が始まる見通し。
同時に開催された記者会見には、JAXAの宇治野功H-IIBロケットプロジェクトマネージャと、MHIの秋山勝彦H-IIA/Bロケットプロジェクトマネージャの両氏が出席。本レポートではこの内容も合わせて紹介したい。
3号機では電子機器が一新
H-IIBロケットは、H-IIAロケットをベースに開発された、我が国最大のロケット。第1段エンジン「LE-7A」がクラスタ化(1基→2基)されており、打ち上げ能力が向上、重量16.5tの宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)を、国際宇宙ステーション(ISS)の軌道に投入できるようになった。
H-IIBロケットの全長は約57m、重量は約530t。推進剤の搭載量も増やすために、第1段の直径は4mから5.2mに大型化されている。なお第2段については、H-IIAとほとんど変わりはない。2009年9月に試験機(1号機)、2011年1月に2号機が打ち上げられ、いずれも成功。今回が3回目の打ち上げとなる。
ロケットの外観は2号機とほとんど同じで違いが分からないが、3号機では、内部のアビオニクス(電子機器)のほとんどが新しくなる。記者会見では詳しく説明されなかったが、誘導制御計算機(GCC)、慣性センサユニット(IMU)など、これらはロケットの飛行制御に関わる重要な機器。不具合は打ち上げの失敗に繋がりかねない。
H-IIBロケットのアビオニクス機器は、H-IIAから共通して使ってきたもの。ロケットは衛星以上に信頼性が重視される傾向があり、こうした部分はなるべく実績のある機器を使い続けたいところだが、部品が製造終了などで入手できなくなったために再開発した。
ただ、このタイミングで部品メーカーが生産を中止したわけではなく、H-IIA用にまとめて確保しておいた部品を、これまでの打ち上げによって使い切ったという事情のようだ。またすぐに部品が枯渇しても困るので、今回も「20機前後に対応できる」(宇治野プロマネ)ように、あらかじめ部品を確保した。
JAXAは、運用が安定してきたH-IIAロケットを、2007年打ち上げの13号機からMHIに移管。H-IIBロケットについても、4号機の打ち上げからは同社に移管する計画だった。この背景には、アビオニクスが大幅に変わる3号機まではJAXAが責任をもって開発し、その確認が取れた上で民間に移管したいという意向があるのだろう。
一部、開発が3号機に間に合わなかったアビオニクスもあるが、それは後続のH-IIAロケットで検証する。ちなみに、H-IIAのアビオニクスが新しくなるのは22号機以降になる見込みで、H-IIBロケット3号機の前に打ち上げられる予定の21号機(第一期水循環変動観測衛星「しずく」を搭載)には、従来機器が搭載されるとのこと。
H-IIBロケット3号機の打ち上げ時期については、公式には「2012年度」ということしか明らかになっていないが、宇治野プロマネによれば「7月~9月の間」になる予定で調整が進められているとのことだ。
商業打ち上げに向け第2段の改良も
これまでのH-IIA/Bシリーズの打ち上げは、全て日本の官需衛星。しかし官需だけでは、年間の打ち上げ需要は1~3機程度(直近の5年間で10機)に過ぎない。MHIの製造設備としては年間4~5機程度までは対応可能と見られており、事業としての効率を考えれば、日本の官需以外の衛星の打ち上げも受注する必要がある。
前述のように、H-IIAロケットについてはすでにMHIに移管されており、同社は商業打ち上げ市場への参入を目指して活動しているが、状況は芳しくない。今のところ海外から受注できたのは、H-IIAロケット21号機で打ち上げる予定の「KOMPSAT-3」(韓国航空宇宙研究院)のみだ。
苦戦の一因となっているのはコスト。もともとロシアや中国などに比べてコストが高い上、長く続く円高が追い打ちをかけている。MHIの秋山プロマネは「受注には厳しい状況だと認識している」と認めた上で、「ロケット単体ではなく、パッケージとして売っていく」ことで、円高という逆風に対処する考えを示した。
現状H-IIAロケットには、202型と204型という、打ち上げ能力が異なる2つのコンフィギュレーションがあるが、H-IIBロケットも移管されれば、同社の打ち上げ輸送サービスには、3種類がラインナップすることになる。H-IIBロケットが使えれば、もっと大きな衛星の打ち上げもできるようになるメリットがある。
またH-IIBロケットで期待されていたのは、衛星を2機同時に打ち上げて、1機あたりのコストを下げること。3号機の製造・打ち上げに関するコストは約140億円(今回から射場での極低温点検を省略することで、1~2号機からは7億円程度削減)。同時打ち上げであれば、1機あたりのコストはその半分ということになり、競争力が増す。
しかし、じつはH-IIA/Bロケットの問題はコストだけではない。
静止衛星を打ち上げる場合、いきなり静止軌道まで持って行けるわけではなく、まずは静止トランスファー軌道(GTO)という、楕円の遷移軌道に投入する。ここからは衛星側がエンジンを噴射して軌道を変えていくのだが、種子島は緯度が高いために、このGTOは静止軌道の面に対して傾きが大きい。すると推進剤の消費量が大きくなるのだ。
軌道や姿勢を維持するのにも推進剤が必要。これがなくなると、その衛星はもう使えなくなる。最初に推進剤をたくさん使ってしまうのは、衛星の寿命が短くなるのと同じ事。当然ながら、衛星の事業者は、衛星の寿命が長くなるロケットの方を選ぶ。
商業衛星の打ち上げで世界シェアトップのアリアン5は赤道に近い射場を使っており、アリアン5の遷移軌道からなら、より少ない推進剤で静止軌道に入れることができる。H-IIAでも、ロケット側の噴射でアリアン5と同様の遷移軌道に投入することは可能だが、その場合はロケット側の推進剤が増えてしまい、衛星の打ち上げ能力が大幅に低下する。
この問題への対処として、現在JAXAが取り組んでいるのが第2段の改良だ。現状の第2段は、軌道上で1時間程度しか使えないため、効率の悪い近地点側で噴射することになり、推進剤の消費が増えていた。軌道上での寿命を5時間程度まで伸ばすことができれば、効率の良い遠地点側で噴射できるので、推進剤を節約できる。
この効果は大きく、例えば204型だと打ち上げ能力は2t強から4.6tまで、大幅に強化される。商用の静止衛星は大型化が進んでおり、現状ではほとんどの衛星にマッチしないが、改良型なら対応可能な衛星が増える。実際にはこれでやっと入札に参加する条件が揃うだけで、さらにコストでも勝負する必要があるが、とにかくスタートラインには立てるようになる。
このほか、衛星分離時の衝撃を緩和する改良なども同時に行い、JAXAは2013年度中に開発を完了する予定。今のところH-IIBロケットのニーズはHTVだけのため、新型の第2段の必要性はないが、第2段はH-IIA/Bシリーズで共通なので、もしH-IIBロケットで静止衛星を打ち上げることになれば、適用する可能性はある。