東京大学医科学研究所は、理化学研究所、愛知県がんセンターとの共同研究で、7072人の十二指腸潰瘍患者及び健常者2万6116人について約60万箇所の遺伝暗号の違いと十二指腸潰瘍のなりやすさの関係について調べた結果、2つの十二指腸潰瘍の原因遺伝子を発見したと発表した。成果は、東大医科研シークエンス技術開発分野の松田浩一准教授、谷川千津博士研究員らによる共同研究グループによるもの。
人類の約半数が感染しているというヘリコバクター・ピロリ菌は、胃がんや胃潰瘍・十二指腸潰瘍の原因となることで知られている。だが、感染者の内でこれらの病気になる人はごく一部であり、また同じピロリ菌が原因にも関わらず十二指腸潰瘍の患者は胃がんになりにくいことがこれまで知られていた。しかし、このような病気のなりやすさの違いが、どの様に決まっているかはこれまで明らかになっていなかったのである。
1つは血液型を決めているABO遺伝子で、O型の人ではA型に比べ1.43倍病気になりやすいことが判明(画像1)。もう1つは胃がんのリスク遺伝子としても知られていた「PSCA」遺伝子で、十二指腸潰瘍になりやすいタイプの人では潰瘍のリスクが1.84倍増える一方、胃がんのリスクが約半分(0.59倍)になることがわかった(画像2)。
画像1。健常者、十二指腸潰瘍における各血液型の頻度。十二指腸潰瘍ではO型のほうがA型よりも多い |
画像2。胃がん、健常者、十二指腸潰瘍におけるrs2294008の各遺伝子型の頻度。CC型ではCTやTT型に比べ1.84倍十二指腸潰瘍になりやすいが、胃がんのリスクは半分近く(0.59倍)になる |
ではなぜ十二指腸潰瘍のなりやすさが変化するかという点だが、研究グループはPSCAの場合遺伝暗号が異なることによって、違う長さのPSCAタンパク質が作られることを発見したのである(画像3)。
長いタイプのPSCA(T型)は細胞の膜上に出てくるための目印を持っており、細胞膜上のPSCAは細胞の分裂増殖を活性化(画像4)。その結果、障害を受けた十二指腸粘膜の修復が進み十二指腸潰瘍にはなりにくくなるが、逆に細胞の増殖が進むことで胃がんのリスクは上昇するというわけだ。
一方短いタイプのPSCAでは目印を失う結果、細胞の中ですぐに分解されてしまう(画像5)。分解されたPSCAは体内の免疫細胞を活性化し、この免疫細胞の攻撃を受けることで十二指腸潰瘍のリスクが増えるものの、胃がんにはなりにくくなることが考えられたのである(画像6)。
画像6は疾患発症メカニズムの仮説の模式図。シグナルペプチド(目印)を持つT型PSCAは糖鎖修飾を受けた後、細胞膜に運ばれ細胞の増殖を促進する。そのため胃がんにはなりやすいが、粘膜の損傷が修復されるため潰瘍にはなりにくい。
一方、C型PSCAは細胞内で速やかに分解される。その断片がヒト白血球型抗原によって提示されると免疫系が活性化され、炎症反応が引き起こされることで潰瘍になりやすくなるという推測だ。
画像5。(左)T型PSCAは糖鎖修飾を受けるため、分子量が大きくなる。(右)一方C型PSCAはMG132によってタンパク質分解を抑制するとタンパク質量が顕著に増加する |
画像6。疾患発症メカニズムの仮説の模式図 |
さらに各々のタイプの割合を複数の人種間で比較した所、日本人では胃がんになりやすく十二指腸潰瘍になりにくいタイプが11の人種の中で最も多いことが判明した。日本人ではほかの人種に比べ胃がんが多く、また胃潰瘍に比べ十二指腸潰瘍が少ないことが知られているが、このような人種間の違いも今回得られた結果で説明可能となる。
今回の研究により血液型やPSCAの遺伝子を調べることで、十二指腸潰瘍や胃がんのリスクが予測できるだけでなく、リスクに応じてピロリ菌の除菌や定期的な内視鏡検査を行うことで病気の予防、早期発見が可能となる。
さらにPSCAは色々ながんで活性化されていることから、PSCAを標的とした治療法の開発や、PSCA遺伝子の型に応じて薬を使い分けるなど、個別化医療が進んでいくことが期待できると、研究グループはコメントしている。