科学技術振興機構(JST)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「抗血栓治療におけるリアルタイム薬効モニタリングシステム」の開発結果をこのたび成功と認定し、頒布を開始したことを発表した。同開発課題は、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科の丸山征郎特任教授らの研究成果を基に、平成18年9月~平成23年3月にかけて藤森工業に委託して、企業化開発(開発費約3億円)を進めていたものだ。

血栓症はがんと並び世界的にも最も重篤な疾患の1つであり、予防と適切な治療法の確立は重要な課題となっている。血栓症は、本来血管内に長くとどまることのない血栓が血管内に発生し、循環系を閉塞させる症状を示すものだ。

現在では、血栓症の治療のために凝固能力を抑える薬や、溶解する機能を高める薬が開発され、治療と予防に用いられている。患者ごとにどのような機能に問題があるかを突き止め、それに見合った治療の必要があるが、血栓症病理を反映する効果的な検査手法はなく、実際の診断や投薬において、医師は限られた検査結果と経験により方針を決定せざるをえない状況だ(画像1)。

画像1。従来技術と今回の新技術との比較表

血栓症の治療では、原因となる因子とその複合性を分析的に評価した上での最適な治療が望まれる。例えば、過剰な血液凝固を引き起こす因子に問題があれば、それを阻止する薬剤を利用し、反対に凝固塊を溶解除去するメカニズムに問題があれば、溶解機能を高める手段を選択するという具合だ。

これは相反する機能のため、必要以上に調整を加えることは危険である。近年では発症因子を個別にターゲットとする多くの「抗血栓薬」(血栓を抑制する薬の総称で、血液凝固因子の活性を抑制する薬を抗凝固薬、血小板を抑制する薬を抗血小板薬という)が開発されており、要因を分析することにより、発症因子に適合した治療方策を選択することが可能になってきた。

一方、現在の血栓症検査では、血小板(血液に含まれる細胞成分の1種であり、直径1~4μmの無核細胞で一次止血の中心的な役割を果たす)の持つ粘着・凝集などの多様な機能を個別に把握することは難しく、抗血栓薬の治療効果を検査結果に反映できないケースがある。効果的な抗血栓薬療法の方策を立てるためにも、患者ごとの病態や治療効果を適切に把握する分析的診断技術の開発が強く待ち望まれていた次第だ。このため、血栓症の発症病理にかかわる多因子及びその複合性を同時に、分別的に解析評価できる血栓形成能解析システムを目指して開発が進められたのである。

血栓形成能解析システムは、模擬血管が作り込まれた透明なマイクロチップ(画像2)と専用試薬と検体を送り出すポンプや圧力センサ、光学顕微鏡を持つモニタリング装置(画像3)で構成。これらにより、血栓症発症病理に基づいた血栓形成のプロセスを、直接リアルタイムに解析するシステムだ。

画像1のマイクロチップは、プラスチック板にマイクロ精度の溝が彫ってあるチップの総称で、バイオセンサに使用されることが多い。検体量、試薬量が少量になることや、少ないエネルギーで熱を伝えられることから分析手法の新しい技術として注目されており、すでに市場に出ている製品もある。

画像2。マイクロチップ

画像3。モニタリング装置

サンプルは、測定器フロー(画像4)に示した「試料血液タンク」に約500μlを注入して装置にセット。測定を開始すると送液ポンプにより加圧されたオイルが試料血液タンク内のサンプルに圧力を伝え、血液はマイクロチップに押し込まれる。その際、オイルを介して血液に伝えられた圧力は圧力センサによりモニタリングされるという仕組みだ。

画像4。測定器フロー

マイクロチップの模擬血管に流れ込んだ血液は、観察エリアにおいて血栓誘発剤により血栓を形成する。その様子はマイクロスコープにより観察され、血栓形成能解析装置のアウトプット(画像5)に血栓の成長が確認される形だ。同時に模擬血管のつまり具合は、血液を模擬血管に送る圧力の変化として検出される(画像6)。

このグラフの波形を解析することで、血栓を形成する能力とその血栓が模擬血管に付着する能力(血栓の強固さ)を読み取る。この解析結果は、人によって異なり、血栓形成の能力を総合的に評価するものだ。

画像5(左)がマイクロスコープ画で、画像6が圧力グラフ。模擬血管のつまり具合は、血液を模擬血管に送る圧力の変化として、左側に示す圧力グラフのように横軸に時間を、縦軸にモニタリングされた圧力変化を示すグラフとして得られる。右側の写真は、血栓ができる様子

同システムでは、マイクロチップの作製方法(画像7)に示すように、測定に必要な血栓が形成される模擬血管部分を、「射出成形」(プラスチックなどの加工法の1種であり、熱可塑性樹脂を使用する場合が典型的で、軟化する温度に加熱したプラスチックを、射出圧を加えて金型に押し込み、型に充填して成形する技術)により作製することで、低価格で量産可能なプラスチック製の使い捨て形式としている。これにより採血した血液を分離することなく、直接流すことができる特長を持つ。

画像7。マイクロチップの作製方法

また、必要な試料も500μl程度と少量で済み、常に同じ条件の模擬血管を利用することで、試験の再現性も高められる。これにより、従来では再現が難しかった流路パターンの設計が可能となったというわけだ。例えば、チップ上に模擬血管を作り込む際、損傷を受け血液凝固を引き起こす血管を擬似的に再現するための血栓誘発剤を、一部にコーティングしたものが作製できる。このチップでは、試料血液がその部分を流れる時に、あたかも傷ついた血管に血栓ができるのと同じように血栓が形成されるのである。

形成された血栓は、作用機序の異なる複数の抗血栓薬を用い、単薬使用時と複数薬剤併用時の効果の違いも同システムで評価できた。血栓ができる速度なども投薬量に依存して変化する様子がモニタリングでき、血小板の機能のみを血流下で評価するチップも同時に開発している。

「血栓形成能解析システム(T-TAS)」は、微細な血管構造を再現することにより血液の持つ凝固、溶解を含むさまざまな血栓形成能力を解析することが可能だ。これにより、作用メカニズムの異なる抗血栓薬の効果を明らかにすることが可能となった。今後、試験装置として頒布を開始すると共に、医療機器としての承認を得るために臨床試験の実施を予定している。