東京大学は、イネのカドミウム集積を決めるカギとなる遺伝子を発見し、この遺伝子の発現を抑制することで、従来のカドミウム高吸収品種イネの約4倍のカドミウムを集積するイネの開発に成功したと発表した。成果は、東京大学、石川県立大学、農業生物資源研究所、農業環境技術研究所(農環研)の研究者らによる共同研究グループによるもので、詳細な研究内容はNature・パブリッシング・グループの「Scientific Reports」オンライン版に2月24日に掲載された。
イタイイタイ病の原因として知られるカドミウムは、人体への毒性が高い有害物質だ。農地が汚染されると作物が土壌中のカドミウムを吸収し、蓄積してしまう。このような作物由来の食品を摂取することによって、カドミウムは人体に取り込まれていく。食品からのカドミウム摂取量を減らすためには、作物のカドミウム量低減が求められているというわけだ。
研究グループは、作物のカドミウム量低減のために2つのアプローチから研究を進めたという。1つはカドミウム汚染土壌で栽培してもカドミウムを吸収しない「低カドミウム作物」の開発だ。もう1つが今回発表された、植物の力でカドミウム汚染土壌を浄化するための「カドミウム高吸収イネ」の開発である。土壌中のカドミウム濃度が下がれば、イネや野菜など農作物のカドミウム含量が低下し食の安全に貢献するというわけだ。
植物は土壌中から鉄、亜鉛、マンガンなど、自らの生育に欠かせない栄養素を「トランスポーター(膜輸送体)」によって吸収し、必要とされる部位に送り込んでいる。トランスポーターは生体膜を横切って有機物や無機物イオンなどの物質輸送を行うために存在する膜タンパク質で、運ぶ物質はトランスポーターによってそれぞれ異なる。
カドミウムに汚染された農地では、土壌中のカドミウムを作物が吸収して蓄積してしまう。カドミウムは植物の生育には必要のないものだが、鉄やマンガン、亜鉛など性質がよく似た栄養素のトランスポーターによって吸収されてしまうと考えられている。
カドミウムを蓄積した作物由来の食品を摂取することによって、人体に取り込まれてしまう。特に日本人の場合、喫煙などを除けばカドミウム摂取量の約半分がコメに由来する。
カドミウムを含む食品を長期間摂取することによる健康被害リスクを軽減するため、食品中のカドミウム濃度の国際基準値がコーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)において決定された。それを受けて、2011年2月に日本の食品衛生法が改正され、コメの規制値はそれまでの1mg kg-1未満からさらに厳しい0.4mg kg-1以下に引き下げられた次第だ。数年後には畑作物についても規制値が設定されるものと予想されている。
食品中のカドミウム含量を低減するためには、汚染土壌で栽培してもカドミウム集積量が少ない作物を開発すること、あるいは土壌のカドミウム濃度を下げることが重要なのは、前述した通りだ。今回発表されたのが、土壌からのカドミウム除去を目的にした「ファイトレメディエーション(植物の力を利用して環境を綺麗にすることで、ここでは植物に土壌中のカドミウムを吸収させ、地上部に蓄積したカドミウムを回収することによって汚染土壌を浄化すること)用イネ」である。
カドミウム汚染土壌の修復には、「客土」(土壌を入れ替える)、化学的洗浄法などがあり、高濃度に汚染された小面積の農地に対しては効果的だが、低い濃度のカドミウムで汚染された広大な面積の農地への適用は難しいのが現状だ。そこで、安価で広範囲に適用できる方法として登場したのが、植物にカドミウムを吸収させ地上部に蓄積したカドミウムを回収するファイトレメディエーションである。
農環研では、カドミウム高吸収品種のイネを用いたファイトレメディエーションが検討されてきた。既存のカドミウム高吸収品種を用いた圃場(ほじょう)試験では、高吸収品種イネを3回栽培した後の水田で栽培した食用イネの玄米中のカドミウム濃度が対照区に比べ約半分になっており、ファイトレメディエーションの有効性は実証済みだ。
イネは水田、畑作の双方で栽培可能であり、比較的低濃度のカドミウム汚染土壌からカドミウムを除去する作物として適している。また、イネは農家にとっては播種・施肥・栽培・収穫などの一貫した農業技術体系が既に確立している点も有利だ。
そうした点からも、ファイトレメディエーションをさらに効率的に行うためには、既存のイネのカドミウム吸収・蓄積能をさらに上回り、短期間で農用地からのカドミウム除去を行うことのできるカドミウム高吸収イネが求められてきたというわけである。
研究グループはイネにおけるカドミウムの吸収、地上部への輸送、蓄積、過剰耐性に関わる多数の遺伝子を明らかにしてきた。その中で、「OsNRAMP5」というイネの鉄とマンガンのトランスポーターがカドミウムの吸収と集積を決める最も重要なタンパク質であり、この遺伝子の発現を抑制することでイネ地上部のカドミウム量が増加することを発見した。
現在、最も高いカドミウム集積能を示すイネ品種「アンジャラダーン」を用いて、この遺伝子の発現を抑制したところ、地上部のカドミウム濃度がさらに高まり、約4倍となった。土壌からのカドミウム収奪量を高めるためにバイオマス(生体重)の大きい飼料用イネの「たちすがた」を用いても同様の効果が確認されている。
カドミウム集積能の高いイネの開発は、ファイトレメディエーションに要する期間を大幅に短縮し、作物のカドミウム含有量の低減が達成できる。また、OsNRAMP5による「低カドミウム米」の開発も可能だ。今回の研究成果は食の安全と日本人の健康に多大な貢献を果たすと、研究グループでは考えているとした。
なお、ここで用いられた研究手法と成果は、東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故による放射性降下物の土壌汚染と食品汚染の問題解決に向けても重要な示唆を与えるものだ。放射性セシウムもカドミウムと同様に植物の生育には必要のないものだが、必須栄養素のトランスポーターによって吸収されると考えられるので、同じアプローチでの研究が可能だとしている。