東北大学は、脳の前頭前野の内側に行動制御に関わる新たな領域を発見したと発表した。この領域は個体が具体的な行動の中身よりも自ら編み出した行動の決定の仕方、すなわち行動戦術(行動選択のポリシー)を使い分けることに関与しているとみられ、意思決定に関わる脳の仕組みについての理解を深めることが期待されている。
成果は、東北大学大学院医学系研究科生体システム生理学の虫明元(むしあけ・はじめ)教授、松坂義哉助教らの研究グループによるもので、詳細な研究内容は米科学アカデミー紀要「PNAS」誌オンライン版に日本時間2月28日に掲載された。
研究グループがこれまで取り組んできた研究テーマは、前頭葉に複数存在する「高次運動野」と「前頭前野」の機能についてである。今回、同研究グループの松坂助教が発見したのが、「前補足運動野」前方に位置する未知の領域で、細胞レベルでの新しい機能だ(画像1)。
今回の研究では、サルを訓練して緑色の発光ダイオードが点灯したら左ボタン、赤が点灯したら右ボタンを押すようにした。ただし、条件1では発光ダイオードが押すべきボタンと同じ位置に、条件2では発光ダイオードがボタンとは反対側の位置で点灯するという仕掛けである。
従って、サルは条件1では光った方を押し、条件2では光っていない方を押すという異なる行動戦術に基づいて押すべきボタンを選ぶことになるわけだ。しかも、どちらの条件が提示されるかは事前にわからないので、サルは行動戦術を随時使い分けつつ左右どちらを押すかを判断しなくてはならない。その時の脳内の活動が調べられたというわけである。
すると、これまで単純な到達運動課題では活動を示さない前頭前野内側領域の多くの細胞が活性化することが見出された。この結果を解析すると、細胞活動が表しているのは発光ダイオードの色とボタンとの関係についてのルール(緑色→左、赤→右)ではなくて、光ったボタンに到達するか、逆に光ってないボタンに到達するかというサルが自ら見出した複数の行動戦術の使い分けだったのである。
しかも、使える行動戦術を1つにしてしまうと、この領域から細胞活動がなくなってしまうことが確認された。このように前頭前野内側領域は、行動戦術を使い分ける時に細胞活動を示す領域として、細胞レベルで同定できたのは、世界で初めてのことだ。
この領域の細胞活動で注目すべき点としては、この領域は何をするかという具体的な行動そのものを選択するのではなく、行動の選択の仕方を選択するという、より高次でメタレベルでの意思決定に関わることである。
さらに行動の選択の仕方という点では、「行動規則」(ルール)という言葉もあるが、この領域はルールでなく自ら編み出した行動決定の仕方、すなわち「行動戦術」(行動選択のポリシーまたはヒューリスティックス)の使い分けを表現していることだ。
ヒトの日常的な例でいえば、買い物の時に、何を買うかという具体的な行動の選択のレベル以外に、例えば価格、品質、産地等の好みなどで具体的ではないが買い物をする際の方針を事前に選択するレベルがある(このような行動選択の方針を、ここでは行動戦術と定義)。この行動戦術は経験的な行動則であることが多く、内容は異なっても、日常の中で、ヒトもさまざまな経験的行動則を身につけていると考えられるのである。
このような行動則が1つなら行動は自動化し、無意識に正しい行動ができ、大変便利だ。しかし、もし異なる行動則が存在すると、複数の行動則をいつでも使えるように保持しつつ、まず適切な行動則の選択をしてから具体的な行動の中身の選択を行うことが必要になる。
随意的な行動選択とは、まず複数の行動選択の仕方をバランスよく保ち、必要に応じて切り替えることのできる上位の行動制御機構が働いてこそ可能と考えられるわけだ(画像2)。内側前頭前野の新たな働きを解明した今回の研究は、「随意運動調節」の神経科学への重要な貢献といえよう。
今回の研究からは、これまで機能が知られていなかったサルの内側前頭前野のある領域が、具体的な行動そのものを選択するのではなく、行動の選択の仕方を選択するという、より高次でメタレベルでの意思決定に関わることを示唆する結果を得られた。しかもこの新たな前頭前野内側領域は、行動条件により大きく動的に再編成される点でも極めて特異な領域であることが判明したのである。
今回の研究成果は、脳の高次機能行動や認知症の理解や治療のアプローチ、ヒューマン・マシン・インタフェースなどへの応用の可能性があると、研究グループはコメントしている。