理化学研究所(理研)は2月27日、文部科学省が2003年からリーディングプロジェクトとして行ってきた「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」で実施した遺伝子の解析結果から、日本人の前立腺がんと関連がある新たな4つの「一塩基多型」(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)を発見したと発表した。

成果は理研ゲノム医科学研究センターバイオマーカー探索・開発チームの中川英刀チームリーダーと、京都大学医学研究科泌尿器科学教室の小川修教授、秋田大学大学院腎泌尿器科学講座の羽淵友則教授、東京慈恵会医科大学泌尿器科学講座の頴川晋教授、岩手医科大学医学部泌尿器科学教室の藤岡知昭教授、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授、および米国の南カリフォルニア大学、ハワイ大学などの国際共同研究グループによるもので、詳細な研究内容は科学雑誌「Nature Genetics」に掲載されるに先立ち、オンライン版に日本時間2月27日に掲載された。

前立腺がんは世界で最も発症頻度の高いがんの1つで、一般的に欧米人に多くアジア人には少ないがんと考えられてきた。しかし、日本でも食生活など生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきている。実際に日本における前立腺がんの「年齢調整罹患率」の年次変化で見てみると、1975年は10万人あたり7.1人と低い状況だったが、1998年には同21.7人と約3倍に増加していることからも明白だ。

なお、がんの年齢調整罹患率とは、がんは高齢になるほど罹患率が高くなることから、人口の年齢構成が異なる集団でがんの罹患率を比較するために、年齢構成の影響を補正した罹患率のことである。年齢階級別に罹患率を計算し、標準とする人口集団の重みを掛け合わせて計算するという具合だ。

また、2020年には罹患者数が8万人に近くになり、肺がんに次いで男性のがんでは2番目に多くなるものと予測されている。さらに、2008年の前立腺がんの死亡者数は約1万人だが、罹患者数の急増に伴い、2020年には2万人を超えるという予測も出ている状況だ(出典:がん統計白書2004)。

前立腺がんの治療法には、男性ホルモンを抑制するホルモン療法、放射線療法、手術療法などがあり、これらの治療が有効なため他のがんに比べて治癒の可能性が高いがんという特徴がある。

しかし、高齢者の多くが症状のない超早期の前立腺がんにかかっているとの報告もあり、また従来の診断によく使用される、前立腺組織で特異的に作られるタンパク質「PSA(prostate-specific antigen)」によるPSA検診は治療が必要な前立腺がん検出の特異性が低く(血清値が10ng/ml以上が異常値となるが、前立腺炎や前立腺肥大でも異常値を示し、また低くても多くの前立腺がんが見つかることがある)、医療経済的な面などで是非が問われるなど、前立腺がんの発症リスク評価や診断にはさまざまな問題が表面化してきているところだ。さらに、前立腺がん患者の多い欧米では、男性ホルモンの産出を抑制する薬など新たな予防方法も検討されてきている。

前立腺がんの危険因子として、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多いことが知られている)、食生活、体内のホルモン環境、加齢などが挙げられているが、特定の危険因子はまだわかっていない。しかし、日本や欧米での研究で、これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになってきているという状況だ。

なお、約30億塩基対からなるヒトゲノムの内、個々人を比較した場合にその塩基配列には違いがあるわけだが、その違いにおいて集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPで、多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。

2010年に理研と東大を中心とした研究チームは、日本人における前立腺がんの関連遺伝子を見出すため、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した合計4584人の前立腺がん罹患者群と8801人の対照群について、ゲノム医科学研究センターの「高速大量タイピングシステム」を使用して、約50万個の「ゲノムワイドSNP関連解析」を実施。同年8月には新たに5つのSNPが前立腺がん発症と強い関連があることを発見したことを発表していた。

高速大量タイピングシステムとは、遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、かつ大量に行うシステムのことで、現在、理研ゲノム医科学研究センターでは、イルミナ製インフィニウム法と、理研が独自に開発したマルチプレックスPCRを併用したインベーダー法の2つのタイピングシステムを用いてゲノムワイドSNP関連解析を行っている。

そしてゲノムワイドSNP関連解析とは、一塩基多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つを指す。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイドSNP関連解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域や遺伝子を同定するという仕組みだ。

今回、国際共同研究グループは、さらに日本人(罹患者数1524人、対照群1961人)および米国カリフォルニアやハワイ在住の日系人(罹患者数1033人、対照群1042人)のサンプルを追加し、合計で7141人の前立腺がん罹患者群と1万1804人の対照群のDNAサンプルについて、ゲノムワイドSNP関連解析を実施。米国在住の日系人を対象に加えたのは、遺伝的には日本人とほぼ同じだが環境要因が異なる可能性があり、その影響を見るためである。

結果、日本人の前立腺がんと強く関連する新たな4つのSNPが発見されたというわけだ。また、これらのSNPがあると前立腺がんの発症リスクが1つにつき1.15~1.2倍に高まることも見出された(画像のグラフ)。

グラフは、5つのSNP関連解析(バイオバンクジャパン1、バイオバンクジャパン2、京都大学+秋田大学、慈恵医大、ハワイ+カリフォルニアの日系人)の結果を合計して、4つのSNPのオッズ比(発症リスク)を算出したものだ。「GGCX遺伝子(rs2028898)」については、日系人のみ前立腺がんとの関連が証明されなかったが(青丸)、これはハワイやカリフォルニアの日系人は日本在住の日本人と食生活などの環境因子が異なることによる可能性がある。

日本人前立腺がんに関連する4つのSNP・遺伝子のオッズ比

4つのSNPについて詳しく調べた結果、1つは、ビタミンK依存的な酵素活性を有する「GGCX(γ-カルボキシラーゼ)」の発現に関与することが判明。GGCXは、ビタミンKを補酵素とする酵素で、標的タンパク質のグルタミン酸の側鎖のγ-カルボキシル基をさらにカルボキシル化してγ-カルボキシグルタミン酸にする。血液凝固反応や骨形成に重要な役割を担っているが、がんにおける機能は不明だった。

また、ビタミンKは脂溶性ビタミンの1つで納豆や海藻類、緑黄色野菜などに多く含まれており、主に血液凝固や骨の形成において重要な役割を担っている。そして、これまでの疫学的研究や細胞株での実験で、がんの発生を抑制する可能性も指摘されてきているところだ。今回、GGCXがそんなビタミンKの助けを得ながら前立腺がん細胞の増殖を抑制することが確認されたというわけだ。

今回の結果は、前立腺がんの発症に、遺伝的要因とビタミンKなどの食生活(環境要因)とが複雑に関わることを示したといえよう。なお、研究グループは今後、今回と2010年の研究で明らかになった20~30個のSNPと環境要因を組み合わせて研究を行うことにより、日本人の前立腺がんの発症リスク評価や予防法の開発が進展するものと期待されるとコメントしている。