石川県金沢市を舞台に、メディアアートとクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」(以下、イート金沢)が1月27、28日に開催された。本レポートでは同イベントの様子を数回にわたってレポートする。

デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【1】
デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【2】
デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【3】
デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【4】

eatの"a"、セミナーB「art」

セミナーB「アート」では、斬新な発想をカタチにするアーティスト3名が登壇した。イート金沢でしか接点が見つけられないだろう顔ぶれという感じで、登壇者のこれまでの生き方を通して、経済的な豊かさだけではない、心の豊かさという観点から「アートと豊かなくらし」が語られていった。また、前回のセミナーAで語られた"ソーシャル"や"シェア"に対して、アーティストの観点からの意見も出た。

モデレーターはイート金沢の実行委員長、東北新社専務取締役でありCMディレクターの中島信也(なかじま・しんや)氏。ネットで検索すれば彼がこれまで演出を手がけてきたCMの数々がおわかりになるかと思う。それこそ誰もが知っているCMばかりである。セミナーは中島氏自身による自己紹介プレゼンテーションから始まった。すっかりイート恒例となったこのプレゼン。今回は約15分間、会場が爆笑の渦と化した。

中島氏のプレゼンは本当に面白くてテンポがいい。CMとは人に見られ、なにかを感じてもらうものだが、見る側の気持ちが作る側になければ、いいCMとはいわれないし印象にも残らない。これはプレゼンにも通じることだ。見られているという視点がそこには常にある。しかし、ここでその小気味いいプレゼンを文字にしても、残念ながらその良さをお伝えする自信が私にはないので、代わりに彼の最近のコメントムービーを紹介させていただく。これも8分と長いのだが、なるほど彼がどんな人物かがご理解いただけるだろう。

続いてゲストの紹介だ。まずは石川県出身でfood creationを主宰するフードアーティスト、諏訪綾子(すわ・あやこ)氏。2008年に金沢21世紀美術館で初のエキシビジョン「食欲のデザイン展 感覚であじわう感情のテイスト」の開催をきっかけに、同コンセプトのパフォーマンスを実施し、食とアートの各領域から評価を得た。以降、コンセプチュアルな食「コンセプトフード」というスタイルで、企業やブランドとのコラボレーションイベントやパフォーマンスを国内外で行っている。

喜怒哀楽という感情を食べ物として表現し、実際にそれを味わってもらう。それは味覚や見た目だけでなく触感や鼻を抜ける匂い、口に入れた時の感触、咀嚼音など、食を人間が持つ感覚への刺激として表現するのがコンセプトだ。

と、これまたフードアーティストとは何かを文字に表すはとても難しいので、彼女が主宰する「food creation」のWebサイトにあるパフォーマンスビデオをご覧いただくのが手っ取り早い。特に「Highlights of Guerilla Restaurant for 111 Tongues」が的確だ。

諏訪氏は金沢美術工芸大学卒業後、上京。グラフィックデザインや広告を学んだものの、「それらが就きたい仕事ではないような気がした」という理由で、就職せずに数年間を過ごす。この間、気になる仕事をいろいろ経験しながら、さまざまな場所を訪れていた。あるとき、知り合いに頼まれたケーキ作りがきっかけで、唐突にこのフードアーティストとしての活動は始まる。

その後、食を自身の表現ツールとして扱う活動に取り組みはじめ現在に至る。美味しいものを食べたい、お腹いっぱい食べたい、栄養を取りたいといった食べ物としての価値以外にも、食の価値は見いだせるのではないか? そんな活動を続けるアーティストは本人も「出会ったことがない」というほど、独創的である。

続いてのゲストは広告やCM、パッケージデザインを中心としたアートディレクターの秋山具義(あきやま・ぐぎ)氏。日本大学藝術学部卒業後、大手広告代理勤務を経て1999年に独立。数々の広告賞を受賞しているほか、パルコやエンジャパン「転職は慎重に。」などのCMなどが高い評価を得ている人物だ。

東京・秋葉原生まれの秋山氏にとって、自分の色彩・表現感覚の原型はそこにあるのだという。「子どもの頃から、世の中はこういうものだと思っていた。大人になるにつて、自分は偏っているかもしれないと気づき始めた」が、もうそれは、例えば色のトーンひとつとっても、秋葉原の看板が自分の中の自然な色使いとなっていた。

「多少電波の影響も受けていたかもしれませんが(笑)、秋葉原で育ち、日芸への通学途中である池袋にはパルコがあり、バブルを前後する90年代、そのふたつの街から受ける刺激を受けていたことが自分の感性にとってはとても大きかった」と秋山氏は話す。

そして、最後のゲスト紹介は明和電機の土佐信道(とさ・のぶみち)氏。イート金沢ではすっかりお馴染みになったアーティストのひとりだ。独創的な音声ロボットを開発、発表し続けてきた土佐氏のアーティスト活動歴は長い。

本誌取材記事:「明和電機が『ボイス計画宣言』--2012年に歌姫ロボットで世界デビュー!?」

また、2010年には彼が開発したおもちゃ電子楽器「オタマトーン」が日本おもちゃ大賞のハイターゲット・トイ部門で大賞を獲得するなど、その活動はプロダクトの世界にも広がっている。

「明和電機には縦軸と横軸が存在します。縦軸はあくまで自分が長年突き詰めてきた音声技術に関するアイデアの探求。面白いものと売れるものは違うので、オタマトーンが生まれる前には苦しい時期もありました。一方の横軸は、セミナーAでも話題のあったソーシャルやインターネットによる広がりが、自分のアーティスト活動やオタマトーンの面白さを増幅してくれています」(土佐氏)


答えになりにくいものほど記憶に残る

人物紹介だけを表面的に見れば、なんの共通点もない三者三様の表現活動に思えるが、ではなぜこの三者は、その表現活動が職業として成り立ち、世間においても評価される存在になり得たのか。そこには、一般的には(相手にとって)不可解だけど無視できない魅力が存在する。

鈍感になりがちな感覚を研ぎすます諏訪氏の「食」、育った環境と興味の探求を自分の感性のひとつとして昇華した秋山氏、商品開発という始点からではおそらく誕生しなかったであろう土佐氏の「オタマトーン」、どれをとっても不可解ではあるが、どれをとっても独りよがりなイメージはない。自分自身の活動を客観視し、プロデュースできているからこそ、仕事としてもきちんと成り立っている。

「一般的に自分を表現する場や土壌ができてきたことはいいのですが、『プラス』や『いいね!』の数だけではアーティストとしての力量は計れません。アーティストにとって重要な要素はクエスチョン。そのクエスチョンを伝えるためのデザインを、アーティストはもっと学ばなければいけないと思います」(土佐氏)。

「小さい頃から、見たことのないものはきっと素晴らしいと思ってきた。答えは見つかっていないけど、その探究は今も続いています。答えになりにくいものほど人の記憶に残ると思うので」(諏訪氏)

「自分の周りには、ものすごく生の人間力を持った人が多い。ソーシャルやインターネットのいいところはもちろんあるけど、人が持つレアな感覚は重要」(秋山氏)

誰もがアーティストになれるわけではないが、自分の感性や興味を探求し続けた結果、答えらしきものがいずれ自分の中に見つかるという三者の話に勇気づけられる人は多いだろう。自分という信じるべき軸を失わず、自分を客観視する。これは誰の人生にもいえる豊かさにつながるのではないだろうか。