2012年現在、個人で持つ携帯型の電子装置といえばスマートフォン、デジタルカメラ、携帯ゲーム機、電子ブックリーダーなど様々なものがある。MacBook AirやUltraBookが出てきて、ノートパソコンを常に持ち歩いている人も増えていることだろう。筆者もスマートフォンとノートパソコンは常に持ち歩いて、時間が大きく空いたときなどは作業できるようにしている。インターネットの常時接続の存在と相まって、いわゆる情報端末を携帯するメリットは大きく高まっているといえるだろう。

しかし、30年ほど前に個人で変える電子装置の代表といえば電卓だった。四則演算と平方根の計算程度ができる電卓を個人で持つことがステータスだった時代があったのだ。1980年前後に自分用の電卓を初めて買ったという人もいると思う。

筆者の初めての自分用電卓はカシオのゲーム電卓だった。初代のゲーム電卓は7セグメントの液晶をそのまま使い、当時流行していたインベーダーゲームをフィーチャーしたものだったが、筆者が買ったのはボクシングゲームが入っているもので、画面も「電卓にもなる液晶ゲーム機」という感じのものだった。もちろんほぼゲーム機として使っていた。本当に電卓として使うために買った電卓は、就職してからの関数電卓だったように思う。

今年(2012年)は1962年に初めての電卓(当時の電卓は現在スーパーマーケットにあるレジスターくらいの大きさがある)が発売されてからちょうど50年にあたる。それを記念して出版された書籍「電卓のデザイン」を、電子デバイスの進化という視点から紹介していきたい。

「電卓のデザイン」

表示デバイスの変遷

最も見た目わかりやすいのが表示デバイスの変遷だ。初期の電卓では真空管の一種であるニキシー管が使われている。ニキシー管は近頃ゲームやアニメのおかげで有名になったので、ご存じの方もいるだろう。真空にしたガラス管の中に0~9の数字の形のフィラメントが封入されており、電流を流すと特定の数字を表示させることができる。放電によるぼんやりとした赤っぽい発光具合が見ていて落ち着く表示デバイスだが、点灯させるために高電圧(150~200V)が必要で消費電力も大きい、表示する文字すべてのフィラメントを封入しなければならないため小型化が難しいなどの理由で、次に紹介する蛍光表示管など新たな表示デバイスに移ってしまったようだ。

日本発の電卓であるシャープのCS-10Aのページ。写真がシンプルで美しい

蛍光表示管は現在でも家電や自動車のパネルなどで見ることができる、主に青緑色に発光する表示デバイスだ。ニキシー管より低電圧で駆動でき高輝度で小型化が可能な蛍光表示管は、7セグメントの表示方法と相まって多くの電卓に採用された。また携帯型電卓の誕生にも大きく関わっていることは間違いない(ニキシー管を使った携帯型電卓もあったようだ。どのくらい電池が持ったのか興味深いところではある)。7セグメント表示は今でもLEDや液晶に受け継がれてあらゆるところで見ることができるが、蛍光表示管には7セグメントではない独特の構成が採用されているものがあり、今見ると味わい深い。

そして登場するのが液晶だ。電卓の表示デバイスとして液晶のすばらしい点は、薄く軽く作れることと、省電力であることだ。次節でも取り上げるが、液晶の採用により電卓の小型化、薄型化、そして低価格化は大きく進んだといっていいだろう。本書の冒頭に掲載されているシャープ「EL-8152」(本書の14ページ)やカシオ「SL-800」(同16ページ)などの美しい電卓は、液晶があったからこそであるといえる。

電源の変遷

表示デバイスとも関わるのだが、電卓の大きさを決める一因となっているのが電源だ。今の携帯電話や携帯ゲーム機などではリチウムイオン電池やリチウムポリマー電池といった充電可能な2次電池が使われているが、もちろん電卓が多く作られていた1980年前後にそのような高性能な電池は存在しなかった。

まず使われた電源は、当然のことながらAC100Vの交流電源(電灯線)である。100Vの交流電源を電源として使うと当然持ち歩けないわけだが、当初の電卓は前述の通り持ち歩ける大きさではないものがほとんどなので、電源は固定されていても構わなかったわけだ。

そして表示デバイスの変更や内部回路のIC化、LSI化が進むことにより省電力化が進み、小型の電池として乾電池が使われるようになった。蛍光表示管の電卓は単三電池を使うのが一般的で、例えば「答え一発 カシオミニ」で有名な「カシオミニ」(1972年)(本書82ページ)の電池寿命は単三電池4本で10時間だ。

単三電池は入手が容易でよいのだが、サイズが決まっているので薄くできないという欠点がある。もっと薄いコイン型(ボタン型)の電池も存在したが、取れる電力が少なすぎて蛍光表示管の電卓では使うことができなかった。そこに液晶の登場である。液晶は薄く軽いの同時に消費電力も小さいのだ。初めて電卓に液晶を採用したシャープの「EL-805」(同30ページ)は、回路全体の低消費電力化も相まって、8桁表示にもかかわらず単三電池1本で100時間使うことができた。

電卓の消費電力が小さくなれば大きい電池を使う必要はない。そこでコイン電池やボタン電池などの小型の電池や太陽電池を搭載した電卓が主流となり、さらなる小型化、薄型化が進んでいったのだった。

さらなるデザインへ

こうして限りなく小さく薄く安くなっていった電卓だが、必要以上に小さく薄くなっても使いにくくなるだけなので、厚さ0.8mmのカシオ「SL-800」やシャープ「EL-900」を最後に電卓は高機能化の道を歩んでいくのだった。

本書では、こういった本筋の電卓や、工業デザインとして優れていると認められている電卓だけではなく、企業ノベルティやキャラクターグッズとして作られたユニークな電卓なども収録されており、電卓という機能の絞られたハードウェアがどうデザインされているかを見るのにも役に立つ書籍になっている。レトロな電子機器のデザインが好きな方だけではなく、デザインに興味がある人全般におすすめしたい。

筆者宅に死蔵されていた電卓付きボールペン。どちらとしても使いにくいという、合体文具にはよくあるパターンである

なお、各社の電卓の歴史についての解説も併せて読むとより楽しめるはずなので、おすすめしておく。

液晶電卓開発物語/液晶の世界:シャープ

電卓草創期 - 電卓の歴史 - 電卓 - CASIO

No.28 日本のエレクトロニクスを支えた技術 「電卓」第1回

「電卓のデザイン」

発行:太田出版
発売:2012年1月26日
著者:大崎眞一郎
単行本:A5変/144ページ
定価:1680円
出版社から:電卓生誕50周年記念!!
世界最初の電卓から超モダン電卓まで、ポップでキュートで叡智の詰まったデンタク・ビジュアル・コレクション。
計算するだけじゃ、ないんだね。