宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月23日、「かにパルサー」周辺で観測された、周期的に変化する超高エネルギーガンマ線放射を解析した結果、これまで検出不可能と考えられていた「パルサー風」(電子・陽電子の流れ)に由来する放射であることを突き止めたと発表した。成果はJAXA宇宙科学研究所インターナショナルトップヤングフェローのドミトリー・カングリヤン研究員らによるもので、論文は英科学雑誌「Nature」に2月23日に掲載。
パルサーとは数秒以下の周期で規則的に電波を発する天体で、その正体は太陽質量の8~10倍(それ以上でも中性子星になる場合もあるが、ブラックホールになる可能性もあり、30倍までいくとほぼブラックホールとなる)の大型恒星が超新星爆発を起こした結果、中心に残される天体が超高密度天体の中性子星だ。
「かに星雲」は1054年に観察された歴史的な超新星爆発の残骸であり、その中にあるのが「かにパルサー」である。パルスを出す中性子星は強力な磁場を持ち、高速で回転しているのが特徴だ。また、その周囲に星雲が発達している(画像1)。
一般的には、中性子星からは光速近くまで加速されたパルサー風が吹き出していると考えられている。この風は、中性子星から1000kmのところにある磁気圏から吹き出し、0.3光年ほど進んだところで星間物質とぶつかって止まるという流れだ。
このパルサー風の上流から下流にかけての進化は、以下の3つの連続的な過程で特徴づけられている。それは、(1)強い磁力線を持つ中性子星が高速回転することによる、中性子星の回転エネルギーから電磁場のエネルギーへの変換、(2)電磁場のエネルギーから、電子と陽電子の流れによる運動エネルギーへの変換(風の加速)、(3)衝撃波による風のせき止め、だ。
衝撃波では、電子が最高で1PeVまで加速され、進行方向がバラバラになる。これにより広い範囲で超高速の電子・陽電子と磁力線の相互作用により放射が生じ、星雲として観測されるというわけだ。
観測結果を説明するには、この3つのエネルギー変換はかなり高い効率(100%近く)で行われなければならない。研究者たちは40年以上の間、パルサー風の存在は疑いのようのないものと信じてきたが、意外なことにこのパルサー風についての証拠は、パルサーや周囲の非熱的な星雲の解析から得られる間接的なものに留まっており、パルサーと星雲をつなぐ風そのものを直接とらえたものではなかったのである。
この複雑なシステムを担う2つの要素であるかにパルサーとかに星雲は、それぞれ高エネルギー帯(MeVからGeV)、超高エネルギー帯(TeV)で明るく輝くガンマ線源だ。
一方で、3つ目の要素であるパルサー風は、パルサーから星雲にエネルギーを運ぶが、一般に「見えない物質」であると信じられてきた。パルサー風は光に近い速さに達しているのにもかかわらず、風に伴う磁場とともに整然と流れているために、電子は乱れた運動をしておらず、シンクロトロン放射を出さないからである。
しかし、パルサー風は「逆コンプトン散乱」という過程を通じて超高エネルギーガンマ線を放射することはできる。これは、極めて光速に近い速度の電子と陽電子によって、パルサーの磁気圏や中性子星の表面からの光が弾き飛ばされてエネルギーを獲得することにより生じるものだ(画像2)。
カングリヤン研究員らは、最近、「VERITAS(Very Energetic Radiation Imaging Array System)」や「MAGIC(Major Atmospheric Gamma-ray Imaging Cherenkov telescope)」などの「大気チェレンコフ望遠鏡」(宇宙からくるガンマ線が地球大気に突入した際に生じるチェレンコフ放射を検出することでガンマ線をとらえる仕組みの望遠鏡)で検出された、明滅する超高エネルギー(VHE)ガンマ線放射という驚くべき現象の起源についての解析結果を発表した。
それは、この明滅するVHEガンマ線放射は、パルサー本体からの明滅するX線放射が、パルサー風の極めて光速に近い速度の電子によって散乱されて生じたと考えると、最もよく説明できるというものだ(画像3)。
検出されたVHEガンマ線の時間変化は、パルサーの時間変化と周期が同じであるため、一見、磁気圏から放射されているように見える。しかし、パルサー放射の一般的な理論モデルでは、10GeV以上の放射はほとんど出ない。つまり、超高エネルギーでの検出を磁気圏放射で説明するには、従来のモデルを大幅に変更する必要に迫られるというわけだ。
従って、明滅するVHE放射はパルサー風から放射されたと考えるのがより自然である。この説明では、観測された放射のスペクトルと時間変化の両方を、3つの仮定を置くことで説明可能だ。その仮定は、「風が加速された場所」と、「その最終的な速度」、「非等方性の度合い」に関係している。
この解釈によると、先に報告されていた明滅するVHEガンマ線放射が、パルサーから光速に近い速度で整然と流れ出す電子と陽電子からなるパルサー風についての初めての観測的証拠だということを意味するという。
これまでに報告されているガンマ線データを用いて風が加速されている場所を特定し、電磁場のエネルギーから風の運動エネルギーへの変換における早さを見積もったところ、光速度の99.999999999%に達する風の加速が、パルサーの回転軸にそった光円柱(画像3)の20-50倍という狭い領域で、いわば瞬間的に行われていることが判明した。
パルサー風がほぼ光速で吹き出すことや、その速度の値は、これまでの一般的なパルサー風の学説を支持するものだが、光円柱近くの狭い領域での瞬間的ともいえる加速は、これまでの理論モデルで説明するのは難しく、モデルに修正を迫るものとなっている。