Intersil(インターシル)という名前を知っている方はどのくらいおられるだろうか。このアメリカの会社ほど数奇な運命をたどった半導体メーカーはいない。その昔、液晶を発明した米RCAと、エジソンを創業者とする米GE(ジェネラル・エレクトリック)と共に組んだこともある。面白いことにいまだに成長を遂げている。常に変化しているからだ。例えば、Wi-FiのIEEE802.11bチップで世界トップのシェアをかつて握ったが、コモディティになって来た途端に手放し、アナログに特化するという戦略をとった。

Intersilは1967年の創業で、1980年にGEに買収された。GEは1986年にRCAの半導体部門を買収したため、3社が一緒になったことになる。そして1988年に今度はHarrisがGEを買収、IntersilはHarrisの傘下に入った。その後、軍事エレクトロニクスに強かったHarrisがIntersilを手放し、1999年にIntersilは晴れて独立を果たした。

その後、2000年にIPO(株式上場)を果たし、資金を調達。この資金を元にIntersilは自社の弱いところを補うため買収を始める。まず、高速アンプのElanticを2002年に買収、2003年には不揮発性メモリを利用した半導体ポテンショメーターのXicorを買収した。最近数年でも2008年前後にDSP利用のD2Audio、高速・低消費電力のA-DコンバータのKENETを買収、さらにテキサス州オースチンにあるZilkerも買収した。2009年にはノイズキャンセラチップのQuellan、中国のRock、2010年には日本人(小里文宏氏)が創業、CEOを務めたTechwellを買収している。Techwellは画像処理に強く、この買収によりクルマのバックモニタ用の映像処理チップを手に入れた。

このような買収のメリットは何か。自社の弱いところを強化するだけではなく、優秀な人材を確保し組み入れることで自社を強くするという意味もある。この結果、今や世界35カ所に拠点を設け17カ所にデザインセンターを設置している。デザインセンターには優秀な人材を確保する場合に、その場所から動きたくない人材にはそこをデザインセンターとした。Linear Technologyと同様の戦略だ。また、次々と買収してきた企業の拠点もデザインセンターになった。

Intersilはここ数年、アナログとミクストシグナルIC、そしてシステムに電源を供給するパワーマネジメントICという二本立ての製品を主体にやってきた。しかし、半年ほど前から、ICを機能別に分けるだけではなく、市場別にもう1本の柱として民生ICという部門を設けた。これは市場にフォーカスする戦略をとる方向に変わってきたためで、しかも市場向け分野の動きは速い。このため、アナログ&ミクストシグナル製品も、パワーマネジメント製品も市場にフォーカスするという戦略に変わった。

IntersilのCEOを務めるDavid Bell氏

この先の成長分野を3つの基準で決めた。1つは自社の強みをさらに生かす分野、2つ目はメガトレンドが示す分野、3つ目は成長をドライブしている分野である。1つ目はアナログ&ミクスドシグナルのさらなる強化、2つ目のメガトレンドはインターネットのトラフィック増大や電気自動車の拡大、セキュリティカメラの急成長などだ。そして3つ目の成長は発展途上国市場だ。

Intersilが選んだ10の成長分野

これら3つを基準に図2に示す10分野の成長ドライバを選んだ。デジタルパワーマネジメント、デジタルパワーモジュール、ピコプロジェクタ、自動車、アクティブケーブル、高密度パワー変換、光センサ、オーディオ、PCのパワーマネジメント、セキュリティと監視カメラ、である。これらは2010年から2015年までの平均年成長率CAGRが6%よりも大きい分野ばかりであり、成長が見込める分野に絞ったともいえよう。

例えば、デジタルパワーマネジメントは通信インフラやコンピュータインフラで馴染みのあるデータセンターや基地局、データストレージなどの電源に向ける。デジタルパワーモジュールは買収したZilker Labsの製品がある。1チップのデジタル電源により90%以上の高い効率を実現し、しかも設定を自由に変えられる。この製品技術をインフラ系の電源にも生かしている。

ピコプロジェクタはスマートフォン(スマホ)に搭載できるほどの小さなプロジェクタで、2011年は300万個出荷されたが、2015年には5800万個という高成長が見込まれる市場だ。ピコプロジェクタを利用する機器は、スマホだけではなくタブレットやノートPCにも採用が見込まれている。同社は光エンジン以外のチップセットをカバーしており、日本のメーカーが高輝度の緑レーザーを発明してくれたことがピコプロジェクタの普及を加速した、と同社CEOであるDavid Bell氏は述べている。初めて出展した2年前のCES(Consumer Electronics Show)では6ルーメンの輝度しかなかったが、2012年のCESでは25ルーメンと躍進したと、Bell氏は言う。

また、遅ればせながら新規参入となった自動車市場では車体分野はさておき、LCDを使ったインフォテインメントとダッシュボード分野を攻める。LCDの映像処理プロセッサには買収したTechwellの技術が生きている。クルマ用のオーディオには買収したD2Audioの高音質技術を生かす。そして電気自動車用のリチウムイオン電池のセル間バランスを改善するためのモニタIC、アイドリングストップ用ICなどにも力を入れるとしている。

民生製品はビデオを主体に高速化の動きが激しい。かつての10MbpsのUSBから今は10Gbpsのケーブルへと要求が拡大している。銅線の限界が来ると、その先には光ファイバへと自然に移っていくだろうとBell氏は見ている。

光センサは元から強かった分野であるが、特にIRセンサを使った近接センサの応用は広い。スマホに使えば、電話を受け取るとスマホを耳に近づけようとするため、近づいたことを検出してスクリーンを消し消費電力を抑える。また、料理中に両手が汚れている場合にはスマホやタブレットが汚れるため触りたくないというニーズに応えることを目的とした、触らずにモニタの上をジェスチャするだけで入力するといったシーンにも近接センサを利用する。

オーディオの音質改善は、きれいな音で人間に聞こえるように、音をソフトウェアで加工するという手法をとる。ソフトウェアアルゴリズムをDSPに組み入れて、高速リアルタイムで再生できるようにチップで処理する。テレビは薄型になり音質が悪くなっているが、小型のスピーカーでも音を改善するためにソフトウェアアルゴリズムを使って劣化した音を補正する。

成長の見込めるサーベイランス分野

セキュリティ監視カメラ(サーベイランス)もこれからの成長が見込める分野である。犯罪防止や交通事故防止など安全な街づくりに監視カメラはこれから大きく伸びていく。この市場では、HDカメラからH.264コーデックを使った新型ビデオレコーダー設計や、魚眼レンズの画像を処理するプロセッサなどが新ICとなる。従来のモータによるカメラの方向転換では寒暖の差が激しい屋外仕様では故障しやすいため、モータのような稼働部を使わない魚眼レンズによる撮影データを解析するためのプロセッサが求められるという訳だ。

こうしたさまざまな分野にさまざまな半導体を提供していくことを目指す同社だが、製造設備を軽くするアセットライト戦略を採用している。ウェハファブ工程は今や毎年10億ドル単位の投資が求められるためだ。ファウンドリを2社確保しておくことで、生産能力をフレキシブルに対応できる。前工程の内、製品の25%が自社ラインを使い、残りがファウンドリ利用だ。後工程となると自社ではほとんど製造せずわずか1%しかない。放射線に強いプロセスやウェハの張り合わせによる高耐圧製品など特殊なプロセスは自社で生産する。世界9カ国に20カ所の製造拠点を持ち、文字通りグローバルな製造のパートナーシップ契約を結んでいる。17カ所のデザインセンターは5カ国に散らばっている。