去る2011年12月13日に、千葉県柏の葉にある東京大学柏キャンパス・柏図書館メディアホールにて、東京大学の大武美保子准教授(画像1)が所長を務める東京大学-柏市・民産官学連携研究拠点「ほのぼの研究所」の、4回目となるクリスマス講演会が開催され、その中でSF作家瀬名秀明氏(画像2)とのほのぼの対談「時間と記憶と人のつながり」が実現した(画像3)。その司会を研究所のロボット研究員「ほのちゃん」(画像4)が担当。講演会の模様をリポートすると同時に、ほのちゃんのことを紹介する。
また、瀬名氏は、ゲストとして招待講演「ほのぼの未来のつくりかた SFとコミュニティの想像力」も実施。そして、大武准教授の開発した認知症予防の「共想法」に関する最新の報告も行われた。
画像1。東京大学の大武美保子准教授。東大と柏市が設立した、認知症予防のための市民参加型の「ほのぼの研究所」の所長も兼任する |
画像2。SF作家の瀬名秀明氏。ロボットに関するノンフィクション系の著書も出している |
画像3。講演の第3部の大武准教授と作家の瀬名秀明氏との対談の様子。間にいるのは、ほのぼの研究所のロボット研究員のほのちゃん |
画像4。ロボット研究員のほのちゃん。今回はクリスマス仕様でサンタのコスプレをしていた |
大武准教授は非常に幅の広い対象を研究していることが特徴で、異分野を交流させることを活発に行っている。ほのぼの研究所自体が、これまでは社会から切り離されていることが多かった科学研究の場を市民が参加する形で融合させた形だし、ロボットと脳科学の融合、ゲル状の物質でできた化学とロボットを融合させた(?)「ゲルロボット」(画像5)の開発など、興味深い研究を行っている。また、ロボットを活用した人と人とのコミュニケーションの研究なども行っており(画像6)、今回の瀬名氏との対談で司会にほのちゃんを活用したのは、そうした研究成果の披露でもあるというわけだ。
認知症予防目的に開発された「ふれあい共想法」
そしてほのぼの研究所だが、高齢社会の諸問題、特に認知症に関する諸問題を解決する科学技術社会システムについて研究しているNPO法人だ。全世代にとって暮らしやすく生きがいのある「ほのぼの社会」の実現に寄与することを目的として2007年7月に、市民と産官学が連携する研究拠点として、大武准教授が所長を務める形で開所。2008年にNPO法人化した。具体的には大武准教授が認知症予防を目的に開発した「ふれあい共想法」(以下、共想法)の実験やお年寄りに実際に体験してもらうための活動などを、市民研究員と共に行っている(画像7・8)。
画像7。共想法の様子。スライド映写機や直接テレビに映せるデジカメ、PCなどを利用して、参加者で持ち寄った画像を見て、話をする。事前の準備、その写真に対する思いを語ること、そして後ほど共想法で話したことを整理するといった作業が、脳の活性化を促す |
画像8。市民研究員の方々との会議の様子。向かいのテーブルの一番奥側(スクリーン側)に座っているのが大武准教授 |
その共想法は、6人ぐらいでグループになって、テーマを決めて写真などの素材と共に話題を持ち寄り、話し手と聞き手が交互に交代しながら、会話をするという手法だ。テーマは、好きなものごと、健康、食べ物、笑い、失敗談など、どんなことでもよく、認知症予防に有効とされる認知活動(体験記憶、注意分割、計画)を支援することを通じ、認知症予防回復につなげることを目指しているという内容だ。
1人ひとりの話せる時間が決められており、話し出すと止まらないという人がグループにいても、「今日はあの人しかしゃべってないね」というような事態を避けられるのである。逆に、話すのが苦手な人でもがんばって話す必要があることから、自分の好きなものなどについて話すことの楽しさといったことを見出せるようにもなっていくというわけだ。そうしてみんなで交互に話したり聞いたりすることで、脳が活性化していくのである。
かつて、筆者も別の講演で大武准教授に誘われたのでステージに上がって共想法を体験したことがある。写真があるので初対面の人に対しても質問をしやすいし(聞いてみたいことが浮かびやすい)、話も聞きやすい(写真1枚あるだけでイメージのしやすさが全然違う)という実感があった。
ただし、話すことに関しては、自分の場合はもともと「男のおしゃべり」なので苦にならず、話すのが苦手な人の感覚に関してはわからないのだが(苦笑)。逆に、「もう時間を使い切ったか!」と「足らない感」の方が強かった。このように放っておくとしゃべりっぱなしの人をルール的に止めさせられるので、誰か1人がしゃべりっぱなし、他の人は聞き役という事態を避けられるのである。
そして今回のゲストの瀬名氏に話を移して、「パラサイトイブ」などで知られるSF作家であることは、一般にも広く知られており、サイエンスに興味のある人で、同氏を知らない人を捜す方が難しいぐらいではないだろうか。ノンフィクション作家、サイエンスジャーナリストとしての一面も持ち、2月15日に工作舎から発売される、6名の識者の講演内容をまとめた「貢献する心 ヒトはなぜ助け合うのか」(税込み1470円)では、「ロボットは貢献心をもつことができるか」という瀬名氏の講演内容が収録されている(同書には、大武准教授の講演「視点をつなぐ『共想法』」も収録)。
瀬名氏が行った講演「ほのぼの未来のつくりかた SFとコミュニティの想像力」では、同氏自身が、ご存じの方も多いかと思うが、「ドラえもん」が大好きで、ロボットに興味があるといった話や、趣味の飛行機(小型機の操縦免許を持っている)の話をしたり、マンガや小説などの「ほのぼのとしたSF作品」を紹介したりしていた(画像9・10)。
さらに、「ほのぼの未来」ってどんなもの? という質問を投げかけ、それは「生き生きとして、しかも変わらず、未来へつながること」だろうという。また、そうしたほのぼの未来を思わせる作品として、故・小松左京氏の「空中都市008」という1968年に出版された小説を紹介。その中で小松氏は、「未来を予測することはできない。しかし『こうなったらいいな』と夢を膨らませ、工夫することはできる」と述べていて、最後に「もしきみたちが大人になっても、まだそんな世界ができていなかったら-きみたちで作って下さい」と結んでいると紹介した。そして最後は、「想像力から、未来をつくる創造力へ」という言葉で講演を締めくくった。
続いては、大武准教授の「ほのぼの会話のすすめ 現在過去未来をつなぐ共想法」。まず、認知症を改めて説明され、脳や身体の疾患を原因として、記憶/判断力などの障害が起こり、普通の社会生活が送れなくなった状態のことを指し、現在、85歳以上の4人に1人がかかっているという。
予防するためには、脳血管性の場合は食生活や運動が必要で、アルツハイマー型の場合は知的活動や社会的ネットワークが重要というわけだ。いってみれば、前者は身体に栄養、後者は頭に栄養、である。認知機能の低下は、複数のことに注意を向ける「注意分割機能」、体験を記憶する「体験記憶」、計画を立てる「計画力」が失われていくということで、この3つを意識して行動することが、衰えを防ぐことだという(画像12・13)。
画像12。認知症とは脳血管性のものとアルツハイマー型と2種類あり、前者は食生活と運動、後者は知的活動や社会的ネットワーク(他者とのコミュニケーション)が予防に重要 |
画像13。認知機能の低下とは、注意分割機能、体験記憶、計画力ができなくなることなので、これらを普段から意識して活動することで防ぐ。共想法は、それを採り入れた仕組みとなっている |
そうしたことを楽しく行える仕組みとして考え出されたのが、共想法というわけである。共想法の場でほのぼのとした会話を行いやすいのは、テーマがあらかじめ決められていることが大きい。よって、普通はあまり気持ちのよくない題材の「(行きすぎた)自慢話」、「(特に人をおとしめる方の)ウワサ話」、そしてあからさまな「悪口」といったものが出ないようになっている仕組みだからだ。「旅行の思い出」や「好きな食べ物」など、聞く側も聞きやすくて質問もしやすく、話す方も楽しい題材を選んで話をするので、みんなで楽しめるというわけだ。
また共想法の、前もって計画し(未来)、工夫して実行し(未来)、後から振り返って学び取る(過去)という作業でもって現在過去未来がつながる仕組みも重要である。それによって、本当は一瞬しかない一刻一刻を長くでき、覚えられるし、思い出せるというわけなのだ。
対談の司会はロボット研究員「ほのちゃん」
そして最後は、ロボット研究員のほのちゃんが司会を務める形で、大武准教授と瀬名氏が対談。まずは、ほのちゃんを紹介しよう。ほのちゃんは、国際電気通信基礎技術研究所が開発してヴイストンが販売している研究開発用コミュニケーションロボット「RPC-S1」がベースだ。普段は「てるてる坊主」といわれているそうだが、まさにツルンと丸い感じである。今回はクリスマス講演会ということで、白髭や赤い尖った帽子や服など、サンタのコスプレをしていた(画像14~19)。
画像18。顔を横から。首は縦横に加えて、かしげることができる。このかしげるというのはかわいさを演出するためには必須のモーションである |
画像19。腕部のアップ。どうぞと促すには、顔をその人物へ向けることと、手をさしのべるように動かすモーションが重要。ほのちゃんは「見ている感」がある |
スペックは、身長は30cm×幅20cm×奥行き20cmと小型で、上半身のみのデザインである。重量はバッテリを含めて約2kgだ。自由度(関節で動く軸)数は16で、頭3、眼3、腕4×2、胴体2となっている。メインのCPUボードは「AXIOMTEK PICO820」(Intel Atom Z530 1.6GHz搭載)、サブCPUボードは「VS-RC003HV」(ARM7 60MHz搭載)となっている。そのほか、マイクを備え、130万画素のカメラを搭載。外装はウレタンスポンジで柔らかく、人とのコミュニケーションに用いやすい。サンタクロースの服装を脱いだ、よりベース機のRPC-S1らしい外観は、画像20~23の通りだ。
ほのちゃんは名(迷)司会者!?
対談では、ほのちゃんは大武准教授と瀬名氏の内、どちらかの会話がある程度長くなると、やや強引な感じでも「ありがとうございました」として、話し手と聞き手を交代させたり、話し手に合わせてうなずいたり、身振り手振りで会場の笑いを取る。話の腰を折るような感じで話者を交代させても、合成音声も随分と可愛い感じなので、嫌な感じがせず、会場も笑いが起きるぐらい。
これは、人だとなかなかやりにくいことなわけだが、ロボットならではの司会の仕方というわけである。共想法は1人の人が話す時間が決まっているが、進行させる司会者も、話を終わらせられる話者も嫌な思いをあまりしないで済むことが狙いだ。ロボットに断られると仕方がないなぁ、となるのである。
ちなみに、ほのちゃんにはどんなAIが搭載されているのかと思うかも知れないが、実は市民研究員の方たちがすぐ近くで操作している仕組みだ。話している人の方を向いたり手を動かしたりといったことのほかに、ほのちゃんはプログラムした通りにしゃべってくれるのだが、それらを全部地元からほのぼの研究所に参加している市民研究員の方たちが操作しているのである。
大武准教授はAIの開発とかロボットに心を持たせるといった目的ではなく、共想法に参加してもらうためのきっかけの1つで、ロボットを間に挟むことでの人同士のコミュニケーションがどう変化するかといったことを研究することなどを目的にしているというわけだ。
また、ほのちゃんは遠隔操作もできるので、遠隔地で共想法を行う場合、そこにベテラン市民研究員を派遣しなくても司会を行えるという点もメリットである。そして、ほのちゃんに共想法を多くの方に理解してもらうためのスポークスマンとして活動するというのも理由の1つだそうだ。また笑い声も出せるので(合成音声だが、意外とつられて笑ってしまうようないい感じ)、笑ってもいい・笑うべき場面というのを共想法の参加者に教えることができ、その点でも重要だそうだ(つまり、少々古い例えだが「ドリフ大爆笑」のおばちゃんたちの笑い声というわけ)。
対談で瀬名氏は、昔の薬局は町や村の寄り合い場みたいな役割もあって、そこがコミュニケーションの場となっていたことを紹介。瀬名氏は、自身のノンフィクション著書「世界一敷居が低い最新医学教室」(ポプラ社)で、20年後の柏市を描いているが、共想法が街の各所に採り入れられているというものだ。お年寄りの寄り合い場として、郵便局や調剤薬局にバーチャルリアリティ機器と喫茶コーナーが設けられ、それを利用して好きな写真や映像などを映して共想法を行っている、という場面だ。
また、これまで大武准教授とは面識があったわけだが、共想法については自身が体験したことがなかったそうで、この日も通常の方法とは異なるが、ほのちゃんの司会などによって、またサンタ風の帽子を受付で手渡されて被ったことなどで、実感できたとも語っていた。
今回のような大武准教授が主催の講演会は年に数回行われるので、共想法や認知症予防、そしてロボットを活用したコミュニケーションなど、幅広いその研究内容に興味を持った方はぜひ足を運んでみてほしい。