ジェクシード・テクノロジー・ソリューションズ取締役副社長 篠昌孝氏

市場状況が目まぐるしく変化し競争が激化する一方の通信業界において、生き残りを目指す企業が今取り組めることは何か。マイナビニュースは12月13日、通信業界における企業の業務改善を支援するITソリューションを紹介する「マイナビニュースITサミット~BPMによる業務効率向上セミナー」を開催した。

基調講演は「通信業界における激変を踏まえた生き残りシナリオ」と題し、ジェクシード・テクノロジー・ソリューションズ取締役副社長の篠昌孝氏によって行われた。IT系コンサルタントとして、大手通信キャリアでの1000名規模のコールセンターシステム構築やEAI/BPM基盤構築に携わってきた篠氏。同氏が考える、通信業界が近い将来にとるであろう複数のシナリオと、各シナリオにおいて「生き残る企業」となるために必要な方策とは何なのだろうか。

近い将来に想定される両極のシナリオ

篠氏は、通信業界で生じた変化について「この10年で、過去の歴史全体を上回る激変に直面した」と評した。1999年における電話利用が世界人口の15%ほどだったのに対し、2009年には「携帯電話」の利用率が世界人口の70%にまで伸張。この間に、PSTN(公衆交換電話網)での収入が急落する一方で、オーバー・ザ・トップ(OTT)通信サービスが急増することで、新たな市場を形成した。また、グローバル規模での業界統合、ネットワークインフラのアウトソーシングといった業界の構造自体の変革も進んだ。

こうした激変を経て、篠氏は近い将来に業界は「4つのシナリオ」のいずれかをたどるのではないかという。この4つのシナリオはプレーヤーの「分散・集中」、市場の「減衰(停滞)・拡大(成長)」を2軸とした「市場淘汰」「サバイバル企業の統合」「メガキャリアの出現」「創造的市場の醸成」として表される。

篠氏は、「市場淘汰」「サバイバル企業の統合」を、競争激化に拍車がかかる「ネガティブ」なシナリオ、「メガキャリアの出現」「創造的市場の醸成」を今後の市場拡大につながっていく可能性が高い「ポジティブ」なシナリオと位置づけている。

これら4つのシナリオが想定できる背景として、世界規模での市場の激変があるという。

ネットワーク上で提供される通信サービスは、従来の音声通話に加え、VoIP、ソーシャルネットワーキング、メール、インスタントメッセージ等へと多様化、細分化された。こうしたインフラの上に乗るOTTサービスの急速な成長を、適切に現金化していく方法が求められているという。また、サービスの多様化とモバイルアプリのユーザーの増加に伴って、従来の「使い放題」データプランに基づく現在の収入モデルは長期的には持続不可能だとする。

「従来、トラフィックと収入は同じ成長曲線をたどっていたが、この10年間でそれらは分岐した。この乖離が、通信会社の収入モデルが抱える課題である」

新たな収益源として期待されるコンテンツ商材への課金は、先進国市場では収益化の面で従来型のサービスの落ち込みを補完できていないとする。むしろ、新興国市場で成長しつつあるSMSを利用したモバイルメッセージングベースのアプリケーションではモバイル決済、送金サービスも提供が可能となっており、これらの仕組みを活用した金融サービスに活路が見えてくる可能性があるという。

今後の通信業界を形作る5つの要素

篠氏は、4~5年後の通信業界のトレンドを形作る要素として「サービス」「アクセス」「ビジネスモデル」「利用形態」「業界構造・規制」の5つを挙げた。

「サービス」は、PSTNの衰退とVoIPへの移行が加速することに加え、異なるサービス間での相互運用を可能にする、いわゆる「共有通信機能」が成長するだろうという。また「アクセス」の側面では、基本的なブロードバンドが、現在の「テレビ」のような存在として普及する一方、モバイルブローバンドの規格ではLTEが覇権をとるとした。また、スマートフォンやネットブックなどのハイエンド端末が普及する一方で、超低価格端末の市場も成長するとの見込みを述べた。

「ビジネスモデル」の側面では、ビデオ会議や機械間通信といった環境負荷軽減プログラムからの収入が増加するほか、サードパーティの接続業者からの収益分配が増加。一方で「音声サービス」は接続の一機能として現金化されるだろうという。さらに「利用形態」は、モバイルとブロードバンドが家庭用の基本的な通信手段となり、ユビキタスかつオープンなアクセスが一般化。データ通信の割合が、固定でもモバイルでも増加する一方で、複数のツール間で通信が細分化していくとした。「業界構造・規制」は、次世代アクセス(NGA)に伴う新しいローカルアクセス競争原則が働き、通信業界と従来の「異業種」である電力会社や地方自治体などとのブロードバンドインフラ競争がにわかに浮上するという。

篠氏は、こうしたトレンド予測を裏付けるデータを具体的に紹介した。

例えば、「利用形態」の変化についてはある消費者調査の結果を引用する。「経済が今より悪化した時に、売却、解約する可能性が低いものは何か」との質問に対し、「売却・解約予定なし」とされたのは、「自宅」に次いで、「携帯電話」と「インターネット接続」だったという。また、景気後退が通信系サービスの利用率低下に大きく影響すると考えている消費者は全体の20数%程度で、今後の経済状況にかかわらず、モバイルとブロードバンドが、消費者の一般的なデータ通信手段として使われていくことは間違いないという。

また「業界構造・規制」は、特に欧州での先行する動きが「異業種」とのインフラ競争の加速を示唆しているという。フランスでは、2004年に地方自治体が通信プロバイダーとして活動することを認める法律が成立。その後、実行過疎地域のバックホールネットワークに投資された21億ユーロの5割近くが公的資金によって賄われているとする。

こうした動きを受け、ヨーロッパ全土において、地方自治体や地方住宅供給公社がローカルアクセスネットワークに投資する動きが広まり、2009年12月までのヨーロッパ全土のFTTHブロードバンドプロジェクトは、その60%が地方自治体、電力会社、地方住宅供給公社の主導で行われ、残りを既存やその他の通信プロバイダーが占める構図になっているとの現状を紹介した。

もちろん、将来像に影響を与える不確定要素も多い。篠氏は「音声通話の将来」「OTTプロバイダーとの闘い」「消費者は固定、モバイル、オンラインの統合通信を受け入れるか?」「超高速BBの利用可能性」「通信品質やセキュリティを保証するプレミアム接続機能にニーズはあるか」「サービス課金モデル」「機械間通信」「当局による規制」といったさまざまな不確定要素を挙げつつ、これらは「戦略的に実現可能な市場成長」と「競争/統合構造」という2つの側面に分類されるとした。これらの不確定要素と、市場の現状から導き出された将来予測が、冒頭の「4つのシナリオ」になるという。

シナリオを現実化するトリガーと課題

篠氏は、それぞれのシナリオについて、トリガーとそのシナリオに進んだ場合の企業の課題について説明を行った。「どのシナリオに進んだ場合でも、市場で最も優位な位置を確保し、生き残るための戦略はある」という。

「市場淘汰」シナリオ(ネガティブ)は、経営に行き詰まった通信プロバイダーが買収され解体。政府、地方自治体、電力会社のようなインフラ企業の関与や投資の拡大によって生じる、一層の細分化がトリガーになる可能性があるという。このシナリオでは、細分化された水平統合業界における明確かつ特徴的な役割、強力なブランド/評判、サードパーティアプリケーションベンダー向けの有望なプレミアム接続サービスの提案、即応性/柔軟性/再構成可能性に優れたプロセスとインフラ、およびユビキタスで費用効果の高い超高速ブロードバンドアクセスを提供する能力を持った通信プロバイダーが成功を収めるとする。

「サバイバル企業の統合」シナリオ(ネガティブ)は、世界または地域の景気後退が長引き、その結果、消費者支出を抑え、料金競争が熾烈化した場合に起こる可能性がある。このシナリオで通信プロバイダーが成功を収めるには規模の達成、サービスコストの削減、音声ARPUの減少の阻止、超高速ブロードバンド市場での絶対的シェアの確保、および高価値顧客のシェア拡大を図る必要があるとする。

「メガキャリアの出現」シナリオ(ポジティブ)は、通信プロバイダーがインターネット通信プロバイダーとの対決姿勢を明確にすることで引き起こされる。このシナリオでは、「業界間/業界内の協力関係を主導する」、「革新的で差別化されたネットワーク最適化体験を提供する」、「隣接垂直市場におけるサービスプロバイダーの役割を高める」、「競争的なコスト構造と規模を達成する能力を持つ」プロバイダーが成功するだろうという。 

そして、「創造的市場の醸成」シナリオ(ポジティブ)が、市場全体の収益性が「最も高くなる」と予測されるシナリオだ。垂直統合モデルが崩壊し、その結果として通信会社が何らかの形で、ネットワーク事業会社とサービス事業会社への構造的分離を起こすことが前提となる。この場合「少数のプロバイダーが協同組合を形成する形」になるものと予想されるという。このシナリオでは、業界の構造的分離、広範囲なオープンネットワークアクセスインフラ、サードパーティによるアプリケーション/サービスイノベーションの支援、動的なビジネスデザイン、および高度な顧客分析/ネットワーク分析を利用する能力を実現できる事業者が成功を収める。

篠氏は各シナリオでの成功条件をまとめつつ、「通信業界は変曲点を迎えており、将来の成長にむけて、あるいは生き残りをかけて体制を整えるべき時期に来ている」と改めて指摘した。通信業界が再び成長路線に回帰するには、より収益性が高い有望な成長シナリオを実現するのに必要な条件を整えるよう、連帯して行動する必要があるという。そのためには、各成長シナリオでの成功に必要な能力を、中期的な戦略的優先課題に据えることが重要だ。

戦略的優先課題となり得るテーマとしては「業界コラボレーション」「新ビジネスモデル」「オープン接続」「共通ビジネスサービス」「顧客体験のイノベーション」といったものが挙げられる。篠氏は、経営的な観点でこうした課題に取り組むことの重要性を訴えつつ、これらを実現するためのIT活用の側面では、コラボレーションハブやオープン接続、ビジネス分析実現の基盤となる「BPM構築は有効な戦略的優先課題と考えられる」とした。