新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、名古屋大学(名大)、理化学研究所(理研)、高純度化学研究所(高純度研)などからなる研究グループは2月9日、大きな「負熱膨張特性」を示す「マンガン窒化物」を熱膨張抑制剤として配合した「樹脂複合材料ペレット」(画像1)を、産業利用に対応できる100kgレベルで製造することに成功したと発表した。NEDOの若手研究グラント(産業技術研究助成事業)の一環として、名大兼理研客員主管研究員の竹中康司准教授が高純度研と共に開発したもので、成果は2月15日から17日に東京ビッグサイトで開催される「nano tech 2012 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」で展示される予定だ。
近年における産業技術の高度な発達は、熱膨張といういわば固体材料の宿命ともいえる性質すら、制御・抑制することが求められている。物質の熱膨張を代表的な材料である鉄で見てみると、線膨張係数α(固体の熱膨張特性を表す指標)が12ppm/℃だ。これは、長さ10cmの鉄棒が、温度が1℃上がると1.2μm伸びることに相当する。
一般的な感覚からすればわずかではあるが、もはや半導体デバイス製造や、部品のわずかな歪みが機能に深刻な悪影響を与える精密機器などの分野ではナノオーダの精度が求められており、この程度のわずかな伸びでも致命的になってしまう。
また、複数の素材を組み合わせたデバイスでは、構成素材それぞれの熱膨張の違いから、界面剥離や断線といった深刻な障害が生じることがある。このため、例えば加工機械、半導体製造装置、光学機器、計測機器、電子デバイスなど多くの産業分野で、近年は熱膨張制御への強い要請が出ているというわけだ。最近精力的に研究開発が展開される熱電変換や燃料電池といったエネルギー・環境技術についても、それらの機能安定化のためには熱膨張制御が必須とされている。
竹中准教授らは、2005年に「逆ペロフスカイト」という構造を持つマンガン窒化物「Mn3XN」(画像2)が、室温で大きな負熱膨張特性を持つことを発見した。負熱膨張特性とは、一般とは逆に、温度が上がると縮む性質のことを指す。
この負熱膨張性マンガン窒化物には上記組成のXとして、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)などを含む材料系があり、これまで原料コストや製造の容易さから銅系が主流だった。これに対して竹中准教授らは、銅系マンガン窒化物よりも大きな負熱膨張特性を持つものの、製造途中での亜鉛揮発により大量合成が難しかった亜鉛系に着目し、その製造技術開発を進めてきた。
竹中准教授らはこれまでよりも低い温度で合成する方法を見出し、製造途中での亜鉛揮発を抑えることができる製造技術を確立。その結果、通常の電気炉を使って製造が可能となったため、今回の技術を基に高純度研に製造委託を行い、亜鉛系熱膨張抑制剤を100kgレベルで大量合成することに成功したというわけだ。なお同抑制剤は、高純度研が商業販売を開始することとなった(マンガン窒化物熱膨張抑制剤の商業販売について、理研の発明実施許諾契約が締結されている)。
亜鉛系の場合、負熱膨張の大きさがこれまでの銅系(α=-10~-20ppm/℃)に比べて倍(α=-15~-40ppm/℃)になり、より強力な熱膨張抑制効果が期待されている。また、負熱膨張性マンガン窒化物の著しい特徴の1つは、その組成を調整することで、負熱膨張の温度域や大きさを自在に変えられることだ。そのため、さまざまな用途や素材に合わせて複合材料の熱膨張特性を調整できる熱膨張抑制剤として適用可能である。
半導体製造装置や家電・電子部品に広く使用されている「ポリアミドイミド系合成樹脂」に、亜鉛系熱膨張抑制剤「Mn-Zn-Sn-N」を60~80%(重量割合)配合したペレットは、室温を含む広い温度域で熱膨張が低く抑えられることが判明。とりわけ20~70℃ではα=5ppm/℃と、樹脂単体と比べて1/10程度の熱膨張に抑えられることがわかったのである。
この熱膨張は、一般的に低膨張材料として知られるセラミックのアルミナの7ppm/℃よりも小さいものだ。3ppm/℃というこれよりも小さいシリコンのような物質もあるが、前述した鉄の12ppm/℃、アルミニウムが23ppm/℃といった具合で、5ppm/℃はかなり小さい。
また、マンガン窒化物の組成や樹脂の種類、それらの配合比を調整することで、熱膨張特性を自在に変えることも可能な点も特徴。通常の射出成形のラインで加工が可能であり、部材のわずかな歪みがピントのぼけなどにつながる光学機器や半導体製造装置などの製造・加工設備、計測機器など、今後の広範な実用が期待されるとしている。
今後は、樹脂だけでなく金属などほかの素材との複合化技術を開発し、このマンガン窒化物熱膨張抑制の適用可能性を広げるとした。また、これらマンガン窒化物の特徴である「特性制御のしやすさ」を活かし、さまざまな産業分野から出される熱膨張制御の要請・要望に応えるとともに、新しい用途を提案していくと、竹中准教授らはコメントしている。