京都大学は2月7日、磁石であると同時に超伝導にもなる珍しいウラン化合物が、磁石の性質を利用して超伝導になっていることを明らかにしたと発表した。理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の石田憲二教授や、名古屋大学理学研究科の佐藤憲昭教授、東北大学金属材料研究所の佐藤伊佐務准教授らとの共同研究グループによる発見で、成果は米科学誌「Physical Review Letters」に2月6日に掲載された。

磁石からは磁場が発生するが、その仕組みは磁石の中の電子があたかも小さな磁石のように振る舞い、その小さな磁石がマクロな数集まって同じ方向にそろうことが理由だ。また、超伝導も金属中の電子により引き起こされるが、超伝導体には外からの磁場をその物質の内部に入れない性質や、ある程度強い磁場をかけると超伝導状態は壊れ普通の金属状態に戻る性質がある。

これらは磁石とは正反対の性質で、通常、超伝導体と磁石は水と油のように互いを避け合う傾向を持つ。ところが4年前、それ自体が磁石であるにも関わらず、同時に超伝導にもなるウラン化合物「UCoGe」(超伝導転移温度(Tc)~0.5K、摂氏約マイナス272度)が発見され、その新奇な超伝導状態の性質と超伝導発現機構の解明が重要な課題となっていた。

この物質の超伝導と磁石の性質がどのように関わっているのか、つまり磁石の性質は超伝導の邪魔をしているのか否か、磁石の中で起こる超伝導は従来の超伝導とどう違うのかなどの興味深い謎に答えるため、オランダ、イギリス、フランス、アメリカ、そして日本の研究者たちがしのぎを削って研究をしてきた次第だ。

超伝導は2個の電子がペアを組むことによって、量子的に「コヒーレント」な波となって実現する。コヒーレントとは、電子の運動が周期と位相のそろった波のような状態を取ることで、この性質のため、超伝導状態では電気抵抗が発生しないのだ。

電子は通常、「クーロン斥力」(電子の持つマイナスの電荷によって生じる、お互いを避け合う効果)で互いに強く反発し合うので、電子のペアができるにはクーロン斥力を超えて2個の電子を結びつけられるほどの「のり」が必要である。

通常の超伝導体では、結晶構造の微小な振動(格子ゆらぎ)がこの「のり」の役割をするが、最近の「酸化物高温超伝導体」(摂氏約マイナス130度)に関する研究などにより、磁石になろうとする性質そのものが「のり」の役割をする場合もあることが理論研究から指摘されるようになってきた。今回のUCoGeにおいても、その磁石の性質が超伝導の「のり」の役割をしていることは予測されていたが、決定的な実験証拠がなかったのである。

今回、研究グループは「角度分解核磁気共鳴」手法を用いて、この物質の磁石になろうとする性質(磁気ゆらぎ)と超伝導が壊れる臨界磁場の大きさとの間に強いプラスの相関があることを実験的に見出した。角度分解核磁気共鳴は、原子核スピンの共鳴現象を用いて固体の電子状態を調べる実験手法だ。この実験手法の応用例として病院で使われるMRI診断がある。

磁石としてのUCoGeは、ある方向(c軸方向)に磁化(磁場)が出やすく、磁気ゆらぎも同じ方向に大きい性質を持つ。今回の実験では外から印可した磁場の向きを変化させながら、磁気ゆらぎの大きさがどのように変化するのかが調べられた。

すると、外部磁場をc軸に垂直にかけると大きいままの磁気ゆらぎが、磁場をc軸方向に傾けると著しく抑制されることが観測された(画像1)。これは、c軸方向の弱い磁場によって、この物質の磁気ゆらぎをコントロールできることを意味する。

さらに超伝導の臨界磁場の測定を行い、まさにこの磁気ゆらぎが強い領域においてのみ臨界磁場の大きな超伝導が実現していることが判明した(画像1)。臨界磁場の大きな超伝導ということは、それだけ超伝導が頑丈であり、電子のペアを結びつける「のり」が強いことを意味する。

画像1。磁気ゆらぎの強さにおけるc軸方向の磁場による変化(丸印)。c軸方向の磁場が小さいところ(μ0H c~0)で磁気ゆらぎが鋭いピークを示して増大しているのがわかる。極低温(85mK)で測定された超伝導臨界磁場のc軸方向磁場依存性(星印)。超伝導は磁気ゆらぎの強いところでのみ現れていることがわかる

研究グループはまた、磁気ゆらぎが超伝導の電子ペア形成の「のり」の役割をしているというモデルに基づいた計算シミュレーションも行い、得られた実験結果をよく再現することも確認した。

これらの結果は、この物質では、「磁石になろうとする性質」が電子のペアの「のり」として働き、超伝導を誘起している重要な証拠となるものである。つまり、この物質では「水」と「油」であるはずの磁石と超伝導がミクロなレベルで融和し、磁石の性質によって超伝導が実現していると考えられるというわけだ。

磁石と超伝導が共存する物質は、UCoGe以外にもこれまでいくつか発見されていたが、その磁気ゆらぎと超伝導との積極的な関連について実験的証拠がなかった。その意味で今回の研究は、磁石がまさに磁石であるがゆえに超伝導にもなり得るという、新しい超伝導発現機構を世界で初めて確認した形だ。

今回の研究成果は、ほかの磁石-超伝導共存物質の性質を理解する上でも役に立つばかりではなく、磁気ゆらぎを「のり」とする新たな超伝導物質の探索にも重要な指針を与えることになる。

磁気ゆらぎによる機構は酸化物高温超伝導でも示唆されていたが、決定的な解決には至っていなかった。よって、今回の研究成果は高温超伝導の機構の理解にも役立つと考えられるという。

さらに、今回の研究結果によると、この物質では磁石としての性質を担っている電子(小さな磁石)自体が、その小さな磁石の向きをそろえながらペアを作って超伝導になっていることを示している。それゆえ、小さな磁石の集まりが抵抗なくサラサラと流れる超「磁石」伝導状態であるともいえる形だ(画像2)。

画像2。UCoGeの結晶構造と超「磁石」伝導状態の概念図。電子1つ1つが小さな磁石として振る舞い、磁石の向きをそろえた状態で超伝導になっている

このような超伝導状態も今回初めて確認されたものであり、今までに実現されなかった新しい量子状態である。今回の研究によって超伝導体の新たな一面が解明され、新しい性質を持つ多様な超伝導が実現できる可能性が広がったと、研究グループではコメントしている。