東京大学生産技術研究所(生産研)と神奈川科学技術アカデミー(KAST)は、医薬品候補物質の簡便・短時間・高精度な評価系の開発に成功したと共同で発表した。
今回開発に成功したのは、医薬品候補物質となる低分子化合物について、生物の細胞表面にある仕組みの「トランスポーター型膜タンパク質」を活用し、手のひらサイズでシリコンゴム(樹脂)の1種である「PDMS」(ポリジメチルシロキサン)チップ上で、トランスポーター型膜タンパク質に輸送されやすい物質を効率的に選別することができる技術だ。
開発は、KAST(カスト)の竹内「バイオマイクロシステム」プロジェクトのプロジェクトリーダーである生産研の竹内昌治准教授や、KASTの佐々木啓孝研究員らによるもので、成果は英「Lab on a Chip」誌の電子版に2011年11月30日に、ジャーナル誌版に2012年1月26日にそれぞれ掲載された。
膜タンパク質とは、細胞表面の細胞膜において細胞内外への物質・エネルギー・情報の伝達というとても重要な役割を担うものだ。そのため、その機能不全はさまざまな疾患に発展してしまう。そこで、医薬品の重要な標的として考えられているというわけだ。
また、その機能を現在用いられている手法よりも高速に解析することで、新薬開発の加速と病因究明に役立つ技術の開発が期待されている。さらに近年、嗅覚や味覚などを担う膜タンパク質を、超高感度センサーとして利用する応用研究も盛んに行われているという状況だ。
その膜タンパク質の1種である「P糖タンパク質」は、生体内においては、細胞内に流入するさまざまな低分子化合物を細胞外に排出するトランスポーター型膜タンパク質と呼ばれる。例えば、がん細胞がたくさんのP糖タンパク質を細胞膜に発現させ、いったんは細胞内に流入した抗がん剤を、細胞外へポンプのように積極的に排出するといった具合だ(結果生じる現象は「薬剤耐性」である)。
そこで今回の研究では、P糖タンパク質が通常の細胞とは反対向きに埋め込まれた球状の人工脂質2重膜をPDMSチップ上の微細流路に固定化し、P糖タンパク質が輸送する2種類の物質、蛍光性物質(紫外線をあてると光る)と非蛍光性物質(既存の医薬品)を微細流路中に共存させた後、球状の人工脂質2重膜内に輸送された蛍光性物質が発する蛍光を測定した。
一定量の蛍光性物質に対し、非蛍光性物質の量を増減させたところ、非蛍光性物質の量が多いほど蛍光の減少(蛍光性物質に対する「流入阻害」という)が確認され、非蛍光性物質の「取り込まれやすさ」を評価することができたのである。
つまり、トランスポーター型膜タンパク質が、医薬品候補物質を細胞に見立てた球状の人工脂質2重膜内に取り込む程度を、定量的に計測する実験手法の開発に成功したというわけだ。
低分子化合物がトランスポーター型などの膜タンパク質を介して細胞外へ排出される程度(つまり、その医薬品候補物質が細胞内にどのくらい留まるか)の評価は、その医薬品候補物質が実際に治療に使われる医薬品となりうるかを確かめる上で不可欠である。
従来法では、細胞そのものが凝集した細胞塊に対して医薬品候補物質と蛍光性物質を同時に投与し、一定時間後にその細胞塊の蛍光の強さを測定し、そのデータを平均化することで評価をしてきた。この従来法には、大きく3つの問題点がある。
1つ目が、蛍光のコントラスト(S/N比)が小さく、個々のデータのバラつきが大きいため繰り返し実験を重ねる必要があるということ。2つ目は、細胞を扱うために実験手法が煩雑で実験に要する時間が長く、1回につき1日以上かかるということ。そして3つ目が、投与する医薬品候補物質の量や実験回数が多くコストがかさむということだ。
一方、今回開発した方法には、従来法の問題点を克服した3つのメリットがある。1つ目が、固定化した数百~数千の球状脂質2重膜で起こる輸送を、平均化することなく個別に評価できるため、従来法を数百~数千回繰り返したのと同様の結果を1回の実験で得ることができること。2つ目が、3時間程度という比較的短時間で実験が済むということ。そして3つ目が、マイクロ流路を用いて溶液を交換するので投与する医薬品候補物質の量が格段に低減できるということだ。
今回明らかになった「取り込まれやすさ」を示す数値「IC50」は、従来法により知られている文献値とほぼ一致していることから、創薬、特に初期の探索段階でのスクリーニング(医薬品候補物質の選別)において、従来法に比べ格段のハイスループット(高い処理能力)となる革新的な代替技術としての活用が期待できるという。
さらに、細胞塊における実験手法では、対象とする膜タンパク質以外の影響(ノイズ)を排除しきれなかったが、今回の実験手法を用いることで、P糖タンパク質だけではなく、さまざまなトランスポーター型膜タンパク質について、ノイズを排除した詳細な機能解析が可能となる点も大きいと研究グループではコメントしている。