マイナビがEPUB形式で試験的に配信している無料電子雑誌「Creative Now」が、『Creative Now クリエイター セミナー 第1回 「音楽とデザイン」 ~タナカカツキのクリエイティブワークフロー~』を開催した。同セミナーではマイナビニュースにて連載中のコラム「夜中のサバイバル」でもおなじみのクリエイター タナカカツキ氏を講師に迎え、タナカ氏が手掛けた音楽関連のデザインや映像作品の創作秘話、クリエイティブワークフローなどが解説された。「デザイン業界の先が見えないこの時代に、10年、20年先も生き続ける心のtipsを話したい」という言葉の通り、セミナーでは、技術的なノウハウの紹介のみならず、クリエイターとしての心得についても話が及んだ。本稿では、タナカ氏がアートディレクションを手がけたCDジャケットデザインの制作過程を紹介していきたい。
タナカ氏は自身の創作の特徴のひとつとして、「作風がない」という点を挙げた。例えば、タナカ氏が以前手掛けた映像作品「ALTOVISION」は、Blu-rayでのリリースを前提とした作品で、「After Effects」、「3D MAX」などの最新の映像制作ツールを最大限に活かして制作されている。一方、著書「サ道」は本人がこよなく愛するサウナという趣味の楽しみ方を綴ったシュールなエッセー集。タナカ氏は「作風を出さないことは看板を出していないようなもの。自分が手掛けたと気づかれにくいというデメリットもあるが、飽きられることもない」と自身の制作スタイルを語った。
アートワークのテーマを決めてビジュアル素材を用意する
セミナーでは、アーティスト キリンジのCDアルバム「BUOYANCY」のアートディレクションを題材に、タナカ氏のクリエイティブワークフローが紹介された。ちなみに、「BUOYANCY」におけるアートディレクションでは、CDジャケットのアートワークだけでなく、宣伝用広告やポスターかた、ツアーグッズまで、あらゆるアイテムのディレクションを、タナカ氏が担当したとのこと。
タナカ氏は元々、キリンジの楽曲を好んで聴いていたという。デビュー以来、キリンジのCDジャケットはふたりの顔をメインとしたファインアートのような表現で統一されていた。今回、キリンジ側からのオーダーとしては、「顔を全面に出さないこと」があったという
タナカ氏は、今回のアートワークを担当するにあたり、キリンジの楽曲が持つ「爽やかさ」や「癖」を表現するために、以前から試したかったアイデアである「水草水槽」をテーマにしたという。水草水槽は、水槽の中に水草や魚を入れて作られた景観や生態系の美しさを楽しむという趣味。「これしかない」という確信がタナカ氏にはあったという。
水草水槽を選んだところに、タナカ氏のクリエイターとしての心得がある。それは「自分の方に仕事を引き寄せると、仕事はもっと面白くなる」ということ。普段、何気なく生活している時でも、タナカ氏は「このアイデアはいつか試せるかも」と常にアンテナを張っているという。タナカ氏は、「クライアントがわざわざ人に自分に依頼するということは、自分たちの想像を超える提案を私に期待しているということ。だから相手が知らないものを提案していかなければならない」という心構えで仕事に臨んでいるという。
クリエイターとしてタナカ氏が得意としているのはイラストや漫画だが、今回は写真で表現することに決まった。そこで、水草水槽を美しく撮れるスタジオ、カメラマン、アシスタント、進行係からなる5、6人のチームを編成した。クライアントへの提案の際には、世界水草レイアウトコンテストで世界ランキング5位(日本1位)の人物が制作した水草水槽を披露。クライアントに提案したところ「こんな世界観があるとは知らなかった」ということで、タナカ氏の「水草水槽をモチーフにしたアートワーク」のアイデアが起用された。
次に決めなければならないのは、アーティストの衣装。タナカ氏は、水草水槽に合う衣装を様々試し、水槽越しの撮影を行った。水槽の撮影では、周囲の風景が映りこむ、植物を入れると水の色が変化し透明になる、アーティストの顔が屈折する、水草や魚など生き物の状態が変わってしまうなど、特有の難しさがあったという。また逆に、中に入れる魚の位置や輝き具合など、ラフ画以上に出来の良いカットも生まれたという。
素材からアートワークを完成させる
撮影終了後が、タナカ氏の主な作業となる。1日限りの撮影で上がってきた写真素材をいかに演出できるかに、作品の完成度はかかってくる。「Photoshop」を駆使し、魚の位置や数を調整。また、アーティストの顔の色調も調整する。その後、写真以外の文字組みのイメージを固め、デザイナーに素材を渡す。今回は、水草水槽を際立たせるために、キリンジのロゴを含めた水槽以外のすべての要素は、あえて存在感を消す方向に、目立たないようデザインしたとのこと。
セミナーで自身のアートディレクションの過程を丁寧に解説したタナカ氏。また、セミナーの後半では、タナカ氏の手がけたPVなど、多数の映像作品の制作の過程が多数紹介された。