国立極地研究所と九州大学(九大)が共同で開発した自動操縦の無人飛行機「Ant-Plane3-5号機」と「同6-3号機」は、韓国極地研究所などの協力のもと、2011年12月17日~18日早朝にかけて、南極半島の北に位置するサウスシェトランド諸島、リビングストン島にあるブルガリアの南極基地(セントクリメント オーリドスキー基地:St.Kliment Ohridski Base)の氷河から離陸し、地磁気観測と画像撮影に成功した。
(写真上)Ant-Plane3-5号機。翼幅2.8m、20ccのガソリンエンジン搭載 |
今回の飛行は無人飛行機が南極で視界外まで飛行した最初の科学観測となった。この成功により、南極での無人飛行機による観測が極めて有効な手段であることが実証されたと言う。
無人飛行機による観測は安全で、費用対効果が高く、南極や活火山などの危険地域の調査も可能なことから、種々の観測で利用が期待されてきた。しかし、軍事との関連性が強く、また高価で運用ノウハウも必要とされるため、研究者が既存の機体を購入・運用して科学観測することは、これまで困難な状況だったという。
このような状況を鑑み、極地研究所と九州大学は南極で夏期間に使用できる翼幅3mの無人飛行機「Ant-Plane」の開発を行い、搭載用の小型磁力計も製作した。
国内実験で200km以上の連続飛行と空中磁気観測が実証されたため、2011年1月と12月に南極半島の西にあるサウスシェトランド島に2種類の無人飛行機、Ant-Plane3号機と6号機を持ち込み、ブランスフィールド海峡での空中磁気観測と航空写真撮影を計画した。
南極半島とサウスシェトランド諸島の間にはブランスフィールド海峡があり、この海峡では活発な火山活動が知られている。サウスシェトランド諸島は数千万年前に南極半島から分離し、ブランスフィールド海峡を形成させた。この海峡は一直線に並ぶ海底火山群を軸とし、現在も拡大中と考えられている。
これまで多くの国が船舶で様々な地球物理学的研究を行い、拡大のメカニズム、そしてその地史を研究してきた。しかし拡大軸の上にある火山島については航空機による観測のみが可能で、ほとんど研究は行なわれてこなかった。
今回のチームは、拡大軸上にあるデセプション島(図1、リビングストン島の南)とペンギン島(キングジョージ島)、セントクリメント基地とエスクデロ基地(キングジョージ島、Escudero、チリ)、キングセジョン基地(キングジョージ島、韓国)周辺の磁気構造を調べるため、韓国、チリ、ブルガリア、スペインの研究機関の協力を得て、小型無人飛行機による空中磁気観測を計画。
2011年1月にエスクデロ基地に隣接する民間飛行場の滑走路を使用して飛行実験を実施したが、悪天候や航空管制の規制を受け、十分に行なうことができなかった。しかし、同12月には航空管制を受けない、セントクリメント基地(図1)での実験を計画し、氷河を滑走路として空中磁気観測と航空写真撮影の飛行を実施した。
12月3日、日本からの研究者チーム4名がセントクリメント基地に入り、Ant-Plane3-5号機と6-3号機の組み上げ、スキーによる滑走試験を行なったが、気温が4℃前後と高く、雪面がザラメ状で軟らかかったため、日本で準備したスキーでは小さすぎ、離着陸に適さないことが判明。スキーの調整と新たなスキーの製作によりこの問題は解決したが、セントクリメント基地周辺は暴風圏の南端にあり晴天日数が極めて少なく、風も強かったため、チームは17日まで天候の快復を待った。17日午後から天候が快復して風も弱くなり、19時23分(現地時間)にAnt-Plane3-5号機を離陸させ、基地前のサウスベイ(図1)の4km×5kmの範囲で観測を実施。総飛行時間1時間7分、平均時速100km、高度370mで105kmの飛行を行い、良好な氷河地形等の画像を得ることができたという。
また、18日午前2時20分には、曇り、気温-3℃、風速4m/sの気象のもと、Ant-Plane6-3号機を35km離れたデセプション島に向けて離陸させたところ、総飛行時間3時間7分、高度800m、平均速度83.1km/hで302kmを飛行し、5時27分にセントクリメント基地の氷河に着陸。この間、18日2時20分~4時59分にはデセプション島の北半分で、南北9km、東西18kmの範囲で12測線の空中磁気観測と画像撮影を実施、12測線の内2測線は同一側線を逆方向に飛行させ、磁力計の補正データを得た。飛行中の風向は340度、風速は約10m/sであった。
さらにデセプション島の南半分の観測も計画したが、その後の天候悪化とセントクリメント基地滞在の期限切れのため今回は断念し、19日にセントクリメント基地を去った。
Ant-Plane3-5号機が撮影したサウスベイの画像には、クレバス帯、氷床の起伏、そして氷床境界などの氷床地形、湖沼の分布、露岩地域の地質構造や浅海地形、鯨と思われる大型動物の遊泳が記録されていた。2010年発行のサウスベイの地形図と比較すると、明らかな氷河の後退などが観察され、気候との関連性が考えられると言う。また、大型海洋生物の調査にも無人飛行機が有用であることが実証された。
一方、Ant-Plane6-3号機の飛行では、デセプション島北半分の磁気構造が初めて明らかになり、800m上空で1900nTもの大きな磁気変化を観測(図2)。島の東側に正の異常、島の中央部のフォスター湾に負の異常が認められた。今後は、地形の影響を考慮し、デセプション島の磁気異常と火山活動の関係等を研究。船舶で得られた磁気異常と共に解析され、ブランスフィールド海峡の形成と進化の研究が行われる予定。
高解像度画像データの取得にも成功し、島の約半分が氷河に覆われているデセプション島において、氷河変動の研究のために貴重なデータが得られた。
また、飛行中に強風を受けたり、雲中を飛行したり、といった様々な気象環境でのデータも得ることができ、これらは今後の南極での無人飛行機運用にとって貴重なものになると言う。
このAnt-Plane6-3号機によるデセプション島への飛行は、無人飛行機が地平線を越えて科学観測を行なった南極で最初の成功例となった。
なお、研究チームでは、この成功により、様々な科学観測が無人飛行機で可能となり、無人飛行機が南極観測の新たなプラットフォームに成り得ることが実証された、としている。