東京大学(東大)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、理化学研究所(理研)の3者は1月24日、「マルチフェロイック薄膜」に生じる大きな電気分極の起源を解明したと発表した。東京大学大学院工学系研究科の川崎雅司教授らの共同研究グループによる発見で、成果は米科学誌「Physical Review Letters」2012年1月27日号(オンライン版は現地時間1月24日)に掲載。

マルチフェロイック物質は、強磁性、強誘電性、強弾性などの性質を複数有する物質のことで、そのような性質をマルチフェロイック性という。普通の物質では磁化は磁場により、電気分極は電場により制御するが、マルチフェロイック物質では磁化を電場で、電気分極を磁場で制御できる特性がある。こうした特長から、電圧で磁性を制御できるため、エレクトロニクスの低電力性や、高速性につながる可能性があるとして、関心を集めるようになってきているが、未だマルチフェロイック物質はそれほど多くは発見されておらず、見つかっているものでも強磁性や誘電性は、有用な強磁性体や誘電体に比べて弱いことが多いため、新たな物質探索が盛んに行われている状況である。

東大と理研の共同研究グループは、2011年に従来の薄膜を大きく超える誘電分極を起こす(磁性と強誘電性を兼ね備えた)新たなマルチフェロイック物質「マンガン酸化物薄膜(YMnO3)」(マルチフェロイック薄膜)の作製に成功していた(画像1・2)。ただし、なぜこのように大きな分極が起きるのかはわかっておらず、この仕組みを解明することは、有用なマルチフェロイック物質の材料設計の点からもカギとなると考えられていた。

画像1。マルチフェロイック性を示すマンガン酸化物薄膜(YMnO3)の結晶構造

画像2。マンガン酸化物薄膜の実物

作製された薄膜は、厚さ40nm、原子約100個分であり、この薄膜内の磁気構造を精密に測定するのは通常困難である。そこで今回、同薄膜が示す大きな電気分極の起源を調べるため、KEK物質構造科学研究所と共同でX線回折を実施し、磁気構造と格子歪みの測定を行った。

今回利用された施設は、KEK放射光科学研究施設「フォトンファクトリー」と、スイスの放射光施設「Swiss Light Source」で、硬X線により結晶格子の歪みの情報を測定し、軟X線の共鳴現象を用いてマンガンのスピン磁気構造を選択的に測定した。

その結果、(1)スピンがらせん状に並ぶ「サイクロイダル」とスピンが180度逆向きに並ぶ「E型反強磁性」という2つの磁気構造が、共存した状態となっていること(画像3)、ならびに(2)サイクロイダル状態が小さな電気分極を生むことに加え、E型反強磁性が結晶構造の歪みから大きな電気分極を生じることが、同物質の電気分極の起源であることが明らかとなった。

画像3。画像1・右のab平面におけるマンガンのスピン(赤矢印)を摸式的に示したもの。◇の各頂点にマンガンがあり、この位置関係と秩序構造が異なる分極を生み出す。(a)がE型反強磁性状態。スピン同士の向きが±180°でそろい、大きな結晶構造の歪みと大きな電気分極を生み出す。(b)がサイクロイダル状態。スピンの向きがb軸方向にらせん状に並び、小さな電気分極を生み出す

すなわち、サイクロイダル状態により40K(-233℃)から電気分極が生じるが、サイクロイダル磁気構造は結晶構造と整合しない周期を取り、小さな電気分極を生じること、また35K(-238℃)からはサイクロイダル状態に加えてE型反強磁性が生じ、E型反強磁性磁気構造は結晶構造に整合した周期を取り、平行なスピン間の相互作用の歪みから大きな分極を生じることが明らかになったのである。

ちなみにサイクロイダルとは、らせん状にスピンが並ぶ磁気秩序であり、スピン同士の相互作用から小さな電気分極を生み出す。またE型反強磁性とは、「↑↑↓↓」のようにスピンが並ぶ磁気秩序であり、スピン同士のなす角は完全に180度となり、大きな結晶構造の歪みと大きな電気分極を生み出すこととなる。

そしてスピンとは、電子1個1個が持っている磁石としての性質のことで、一定数の電子のスピンが同じ方向にそろうことで磁性体となり、逆に磁性体でないものはスピンがそろっていないため打ち消し合って平均するとゼロとなってしまっているもののことだ。

なお今回の成果は、マルチフェロイック性を示すマンガン酸化物薄膜の磁気構造を直接観測した画期的なもので、今後のマルチフェロイック薄膜の材料設計に大きな指針となることが期待されると研究グループでは述べている。