東京大学は、「成人T細胞白血病(ATL)」細胞の増殖と生存のシグナルを支配する重要な分子として「miRNA-31」という機能的なRNAを突き止め、これが発現しなくなることがATL細胞の生存と増殖の重要なメカニズムの1つであることを明らかにしたと発表した。東京大学大学院新領域創成科学研究科の渡邉俊樹教授らの研究グループによる研究で、成果は米国のがん研究学術雑誌「Cancer Cell」2012年1月17日号に掲載された。

ATLは日本人に100万人以上の感染者(キャリア)がいる「ヒトT細胞性白血病ウイルス1型(HTLV-1)」によって引き起こされる重篤な白血病だ。キャリアの約5%が、一生の間にATLを発症するとされている。しかし、発症予防法や有効な治療法は確立しておらず、患者の多くは発症後半年前後で亡くなっているのが現状だ。

ATLで有効な治療法が未だに確立されていない理由は、なぜ悪性腫瘍が発生するのか、またなぜ腫瘍細胞に対して抗がん剤が有効ではないのかといった、発がんのメカニズムやATL細胞が増殖するメカニズムの解明が大変困難であったことが理由である。

研究グループでは、全国的なHTLV-1感染者コホート共同研究班および検体バンク組織であるJSPFADの全面的協力を得て、先端技術を用いてATL患者由来のがん細胞からDNA、RNA、そして小さな機能性RNA「マイクロRNA(miRNA)」について大規模な統合解析を完了した。

その結果、ATL細胞の悪性化を引き起こす原因として、miRNA-31(miR-31)がすべてのATL患者で著しく減少していることを確認したという。これまでにも多くの遺伝子異常が報告されていたが、例外なく減少していることは初めての発見だという。

miRNAは、最近多くのがん研究で取りあげられている小さなRNA分子で、1つのmiRNAが多くの遺伝子発現を抑制する効果を持っている。miRNAは正常の細胞にとっても重要で、細胞中の量が変動することは、細胞の運命にも大きな影響を及ぼすこととなる。

研究グループは、miR-31が分子「NF-κB-inducingキナーゼ(NIK)」を抑制する新しい因子であること、miR-31が減少するとNIKが増えることによって細胞増殖や細胞死抵抗性に重大な影響を持つシグナル伝達系「NF-κB経路」が異常に活性化してしまい、細胞が不死化、悪性化してしまうことを実験的に確認した。

NF-κB経路とは、細胞の分化、生存、炎症反応などに関連する遺伝子群の発現を制御するシグナル伝達経路のことで、ATLを含む多くのがんでは異常に活性化しており、がん細胞の生存や転移、浸潤能、サイトカインの分泌を支配しているのが確認されている。

また研究グループでは、ATLでmiR-31が発現しなくなってしまうメカニズムが、遺伝子そのものの欠損とゲノムの後天的な制御機構の異常であることも明らかにした。

さらに、これらの異常を誘導する原因が「ポリコームファミリー」であることも確認。ポリコームファミリーが、miR-31を低下させることによって細胞を悪性化させてしまうことがわかったのである。ちなみに、ポリコームファミリーとはDNAの配列の変化を伴わない後天的な遺伝子変化を誘導する分子群のことをいう。正常細胞の機能や分化に重要で、がん細胞でも重要な役割をする。がん細胞のマーカーや分子標的としても有名だ。

研究グループでは、これらの異常を元に戻すウイルスを作製し、患者から取り出したがん細胞に直接導入することによって、がん細胞を選択的に殺すことができることも明らかにし、治療法につながる技術を確立したほか、今回の成果がATLだけでなく、乳がんなどのほかの一部のがん細胞でも適用されることも確認した。結果として、悪性度の高いがん細胞に共通してみられる現象の一部を明らかにしたこととなった。

HTLV-1感染からATL発症への流れ