海洋研究開発機構(JAMSTEC)は1月18日、地下鉱山温泉の流路に棲息する微生物群のメタゲノム解析(微生物の分離・培養という手段を経ずに微生物集団から直接抽出したゲノムDNAを網羅的に解析する手法)を行い、未培養の好熱菌「Candidatus Acetothermus autotrophicum」(アセトサーマス)のゲノムを概ね解読し、既知のバクテリアでは最も初期生命に近いことを確認したと発表した。JAMSTEC海洋・極限環境生物圏領域の高見英人上席研究員らの研究チームによる研究で、成果は「Public Library of Science One(PLoS One)」電子版に日本時間1月18日付けで掲載。
近年、初期生命誕生の最も可能性の高い環境として、アルカリ性で比較的温度の低い熱水噴出孔が考えられるようになってきた。この考えでは、初期生命は原始地球環境において、水素とCO2から細胞とエネルギーを作り出すための代謝経路として「アセチルCoA(コエ)パスウェイ」が用いられたのではないかと推測されている(画像1)。
アセチルCoAパスウェイとは、CO2を、嫌気的(酸素のない)な条件下で生命活動の重要な物質である有機物アセチルCoAとして固定する代謝経路のことだ。現存する微生物(バクテリア、古細菌)では、限られた種類しか有していない代謝経路の1つである。バクテリアの一部はこの経路を使って酢酸を、古細菌の一部はメタンを生成することでエネルギーを獲得する仕組みを持つ。
しかしながら、これらの推論を支持するのに必要な生物学的な証拠は乏しいため、このパスウェイが初期生命から最初に分岐した古細菌やバクテリアのエネルギー代謝として用いられていたかどうかを証明するための有力な証拠が求められていた次第だ。
今回の研究では、温度の低い熱水噴出孔の環境に類似した約70℃の地下鉱山温泉に着目し、温泉水の流路に繁茂する微生物群から、共通祖先が有していたと考えられているアセチルCoAパスウェイを有するバクテリア、アセトサーマスのゲノムを概ね解読することに成功した。
原核生物(バクテリアと古細菌のような、細胞内に核を持たない生物)に共通する4つのタンパク質を用いて系統関係を調べたところ、アセトサーマスは、これまで知られたバクテリアの中で最も共通祖先に近い古典的なバクテリアであることが判明(画像2)。
画像2。原核生物に共通な4つのタンパク質を用いたバクテリアと古細菌の系統樹。中央が初期生命体の発生として右回りでバクテリア、左回りで古細菌の進化を図示。既知の共通祖先に近いと考えられているバクテリア(図のサーモトガ、ダイノコッカス/サーマスなど)よりも、共通祖先に近いバクテリアであることが明らかとなった |
また、生命誕生に重要な役割を果たしたと考えられるアセチルCoAパスウェイに関与する5つの酵素を用いて、このパスウェイの系統関係も調査。すると、アセトサーマスが有するアセチルCoAパスウェイは、先の4つの共通タンパク質を用いた系統樹の結果(画像2)と同様に、現存するバクテリアの中では最も共通祖先に近いことが明らかとなったのである(画像3・4)。
画像3。リボソームRNA遺伝子を用いた生物の進化系統樹。赤字は、アセチルCoAスウェイを有する生物。このうち共通祖先に近いものは古細菌では見つかっていたが(○囲みの種類)、バクテリアでは見つかっていなかった |
画像4。アセチルCoAパスウェイに関与する5つの酵素を用いた進化系統樹。アセトサーマスが持つアセチルCoAパスウェイがバクテリアの中で最も共通祖先に近いことが確認された |
さらにアセトサーマスは、現存するほとんどの古細菌や共通祖先に近いと考えられるバクテリアのみが有する糖の合成に必要な2つの機能を併せ持つ糖質合成酵素「FBP aldolase/phosphatase(FBPアルドラーゼ/フォスファターゼ)」を有していることも見出された。
通常の酵素は、糖の分解・合成の両方向の化学反応に作用するのに対し、この酵素は糖の合成方向にしか作用せず、70℃の高温でも安定に作用することが知られている。
これらの結果、エネルギー代謝に必要な有機物が極めて少なかったと考えられる原始地球環境において、当時の微生物は、水素とCO2からアセチルCoAパスウェイを用いてアセチルCoAを作り、アセチルCoAから酢酸を生成することでエネルギーを、FBP aldolase/phosphataseによって糖を合成することで細胞の構築に必要な物質を作り出していたと考えられる結論に至った次第だ(画像5)。