名古屋大学(名大)は1月16日、量子力学(量子物理学)の基本原理とされてきた「不確定性原理」の破れを実験的に観測することに世界で初めて成功したと発表した。名古屋大学大学院情報学研究科の小澤正直教授とウィーン工科大学の長谷川祐司准教授を中心とする共同研究グループによる発見で、成果は「Nature Physics」電子版に英国時間1月15日に掲載された。
高校の物理の教科書にも記述がある不確定性原理は、ナノの世界(量子力学)の深淵を語る基本原理として広く知られている。位置と速度のような2つの物理量を正確に測定することは原理的に不可能であるというものだ。
この原理はドイツのノーベル物理学賞受賞者ハイゼンベルク氏がガンマ線顕微鏡の思考実験で1927年に導いたもので、位置の測定誤差ΔQと運動量(質量×速度)の測定誤差ΔPの間に「ΔQΔP≧h/4π」が成り立つとされ、結果として位置と運動量の同時測定は常に不可能であることが導かれる。これは、どの測定も打ち破ることのできない究極の限界と考えられてきた。
しかし、その限界が実は打破可能であることを証明したのが、1980年代の重力波検出限界を巡る論争を解決した小澤教授の量子測定理論である。そして2003年に発見された「小澤の不等式」によって「ハイゼンベルクの不等式」に替わる新たな関係式が理論的に示されたというわけだ。
小澤の不等式は、ハイゼンベルクの不等式の不備を改良したものであり、どんな測定でも普遍的に成立するというもの。測定前の位置の標準偏差と運動量の標準偏差をσ(Q)、σ(P)とすると、「ΔQΔP+ΔQσ(P)+σ(Q)ΔP≧h/4π」が成り立つとされ、測定前の状態によっては、位置と運動量の同時測定が可能な場合があるという衝撃的な結果が得られるのである。
しかし、これらの理論的成果を実験的に実証することは、これまで困難な課題として残されていた。そこで、今回の研究では、長谷川准教授のグループが開発した「中性子光学実験装置」による「スピン測定実験」において、ハイゼンベルクの不等式の破れの実験的観測に世界で初めて成功、同時に、小澤の不等式の成立も確認されたという次第だ。
なお、スピンとは量子力学における素粒子の基本特性の1つで、角運動量の1種。磁場との相互作用があり、まさに「小さな磁石」のように振る舞う。測定値は量子化され、連続量ではなく不連続量として観測される。
不確定性原理は科学者以外にもよく知られたテーマであり、このような自然科学の根本原理に関する定説を覆した学問的意義は大きく、同成果は、基礎科学の発展にとどまらず、これまで不可能とされた測定技術の可能性を切り開き、ナノサイエンスでの新しい測定技術の開発の他、重力波の検出(時空間の歪みが波となって光速で伝わるという、一般相対性理論において予言される現象で、その影響は極めて小さいので、検出は極めて困難であり、不確定性原理が検出限界にかかわるとされる)実験、量子暗号(盗聴者の測定が不確定性原理で制約されることを利用して、盗聴検知が可能とされる暗号方式。量子計算機ができても破られない暗号方式として期待されている)などの量子情報技術への応用が期待できるという。