理化学研究所(理研)は、高分子パラジウムナノ粒子触媒膜を用いて、「芳香族有機ハロゲン化物」処理用のマイクロチップを開発し、簡便な処理が困難な超低濃度の「ポリ塩化ビフェニル(PCB)」や「ポリ臭化ビフェニル(PBB)」を含む溶液を処理して完全に分解することに成功したと発表した。理研基幹研究所グリーンナノ触媒研究チームの魚住泰広チームリーダーらの研究によるもので、成果は日本時間1月12日に独科学誌「ChemSusChem」オンライン版に掲載された。
PCBやPBBなどの芳香族有機ハロゲン化物は、芳香族化合物(分子中にベンゼン環を有した環状不飽和有機化合物の一群)に、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン族の元素が、炭素-ハロゲン結合した有機物質の1種である。
特徴として、熱に強く(不燃性)、電気絶縁性に優れ、化学的に安定していて分解されにくい性質を持つ。電気機器(絶縁油)やノンカーボン感圧紙(熱媒体)などに広く使用されていたが、人体への毒性が強く、がんや皮膚疾患、肝機能障害などの原因となるため現在は生産が中止され、その処理に当たっては安全かつ効率的な方法が求められている状況だ。
処理に関しては、これまでに北九州、豊田、東京、大阪、北海道の5カ所において処理施設が設置され、PCBの分子を構成している塩素とアルカリ剤などを反応させてPCBの塩素を水素などに置き換える「脱塩素化分解方式」などによる分解が進められている。しかし、依然としてPCB廃棄物を保管する事業者は長期保管を強いられており、PCBのにじみ、漏れ、機器内部の炭化などによる劣化といった問題が懸念されているのが現状だ。
一方、最近になって、本来はPCBが含まれるはずのない絶縁油などに、数百万分の1(ppm)レベルの超低濃度ながらPCBが含まれている例が多数発見されるようになってきた。現在は燃焼などによる処理方法が検討されているが、未分解物が灰に含まれる可能性があるため、ダイオキシンの発生が懸念され、そうした問題を避けるため、爆発性がなく安全な方法で、簡便、安価、瞬間的、完全に処理する方法が望まれているというわけだ。
そこで分解液として注目されているのが、「ギ酸ナトリウム(HCOONa)」水溶液だ。この水溶液は、防腐剤などに使われるホルマリン溶液のナトリウム塩で、「水素化脱ハロゲン化反応」(塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン族を芳香族炭素から脱離させ、その炭素に水素原子を導入する反応)では水素原子の供給源となる(画像1)。
しかし、化学反応の速度は反応物質の濃度が低いほど遅くなるため、ppmレベルしかない芳香族有機ハロゲン化物の水素化脱ハロゲン化反応を、完全かつ瞬間的に進行させるには新たな触媒の開発が必要とされているという次第だ。
研究チームは、水素化脱ハロゲン化反応を瞬間的に進行させるための反応器として、反応物質をごく限られた場所に閉じ込めることで高速反応を実現することができるマイクロチップに着目。
製作したマイクロチップは、70mm×30mm四方のガラス板上に幅0.1mm、深さ0.04mm、長さ40mmの半円状の溝をY字状に刻み、その上から、流入口2カ所と流出口1カ所を開口した同サイズのガラス板を重ねたものだ(画像2・3)。
画像2・3。マイクロチップの実物と、マイクロチップの模式図。70mm×30mm四方のマイクロチップ上には、半円状の流路(流径0.1mm、高さ0.04mm、長さ40mm)が刻まれている。一方から芳香族有機ハロゲン化物の溶液を(青)、もう一方からギ酸ナトリウム水溶液を流すと(赤)、流出口から脱ハロゲン化物(緑)が得られる |
2006年に研究チームは、マイクロチップに「高分子パラジウム錯体触媒膜」を導入する方法の開発に成功し、芳香族化合物の合成を可能にする「クロスカップリング反応」(異なった有機化合物の炭素と炭素同士を結合させる反応)が4~5秒で完結することを確認していた。今回、その製作方法を応用して、マイクロチップの流路内中央に、長さ40mmの高分子パラジウム錯体触媒膜の作製に成功したのである。
しかし、錯体を用いた触媒膜では水素化反応(還元反応)に対する触媒活性が乏しいため、水素化脱ハロゲン化反応を進行させることはできないという結果に。そこで触媒活性を発現させるために、この膜作製方法を応用して、パラジウムをナノレベルの粒子にした「高分子パラジウムナノ粒子触媒膜」を開発したのである。
具体的には、まずマイクロチップの一方の流入口から膜の主成分となる「高分子ポリビニルピリジン」の溶液を、もう一方から触媒活性を持つ「パラジウム塩」の溶液を流し、合流部分で両者を反応させて、流路中央から流出口まで続く不溶性の高分子パラジウム錯体触媒膜を作製。
次に、ギ酸ナトリウム水溶液を流入口より流すと、パラジウム錯体が分解されてパラジウムがいったんバラバラになり、その後、数百個のレベルで凝集を起こし、その結果として平均粒径6nmのパラジウムナノ粒子が分散した高分子膜を作製することに成功したというわけである(画像4)。
この高分子パラジウムナノ粒子触媒膜の性能を評価するため、流入口の一方から高濃度(1000ppm)芳香族有機ハロゲン化物の溶液を、もう一方からギ酸ナトリウム水溶液を流した結果、流路滞留時間2~8秒で水素化脱ハロゲン化反応が完全に進行し、流出口から脱ハロゲン化物が100%の収率で得られたという。さらに、超低濃度である10~1000ppmのPCBやPBBでも完全に分解できることをガスクロマトグラフで分析した(画像5・6)。
画像5・6。反応前と反応開始後の反応液のガスクロマトグラフ図。反応前は4.95分に10ppmのPCBのピークがあったが、反応後は4.95分のPCBのピークが完全に消失し、3.75分に分解物であるビフェニルに変換された。反応前の2.01分と反応後の1.97分は内部標準物(メシチレン)のピーク |
研究グループでは今後、基礎研究を継続して安定性・耐久性を高めたマイクロチップの開発を行っていくという。チップを多数積み上げたり、流路の形状を工夫したりすることで、年間数トンレベルの処理を可能とする大規模処理装置の開発や、水素化脱ハロゲン化反応を瞬間的に進行させることができる化学プラントの実現への貢献が期待できるともコメントしている。