東京大学(東大)は、蛾の1種に感染した共生細菌「ボルバキア」が、宿主である蛾の性決定システムを乗っ取り、その結果として、宿主本来の性決定システムが退化して正常な機能を失っていることを発見したと発表した。東大農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻の石川幸男教授らの研究グループによる発見で、成果は「Biology Letters」オンライン版に1月4日に掲載された。

アズキやホップの害虫「アズキノメイガ」には、ボルバキアに感染している個体(メス)がいる。この感染メスが産むオスの子は幼虫の内にすべて死んでしまうという、蛾にとっては非常に恐ろしい細菌だ。ちなみに、この現象は「オス殺し」と呼ばれている。

ボルバキアは昆虫や線虫類に幅広く感染しているリケッチアに近縁な細菌で、全昆虫種の65%以上に感染しているという推定もあるほど、昆虫と関係の深い細菌である。細胞内(細胞質)に存在し、母から子へ卵を介して伝搬される(垂直伝染)特徴を持つ。

このボルバキア感染系統の幼虫に抗生物質(テトラサイクリン)を摂取させると、感染から治癒したメスが得られる。そして興味深いことに、この感染治癒メスが産む子の性比は正常(1:1)に戻らず、なぜかオスばかりになってしまう。まるでオス殺しから解放された反動でもあるのか、病気(感染)から治ったはずなのに、今度はなぜかメスがすべて死んでしまうのだ。

この選択的な死のメカニズムは未だにわかっていないが、研究グループでは「性特異的な死」として遺伝子の性特異的発現の異常が関与している可能性が高いと推測。性特異的な死が起こる前の胚のステージにおいて、遺伝的な性(蛾の性染色体の構成はメスがZWでオスがZZであり、Wが雌性を決定している)と性決定関連遺伝子の発現の関係が調査されることとなった。

遺伝的な性は、メスに特異的に観察されるW染色体の凝集体である性クロマチンの観察によって判別を実施。そして性決定関連遺伝子については、アズキノメイガにおける体細胞の最終的な性決定因子Osdsxの型(♀型または♂型)が調べられた。

その結果、ボルバキア感染によって致死となった遺伝的オス(ZZ)の個体では、Osdsxの発現が完全にメス型に変化していることが判明(画像1・中央)。これは、ボルバキアがアズキノメイガのオスをメス化する因子(能力)を持っていることを示しているという証拠だという。

さらに、感染治癒メスの子で致死となった遺伝的メス(ZW)では、驚くべきことに、Osdsxの発現が完全にオス型に変化していた(画像1・右)。この現象は、感染系統のメスのW染色体がメス化能を失っていると考えると説明できるという。感染系統では、性の決定権をボルバキアに乗っ取られた結果、本来の性決定システムの一部が退化し正常に機能しなくなったという推測だ。

画像1。左から、アズキノメイガのボルバキア非感染虫、感染虫、感染治癒中の遺伝的な性別と性決定因子Osdsxの型、そして生死をまとめたもの。遺伝的な性別と性決定因子の雌雄がそろわなくなることで、感染虫のメスの子はオスが、感染治癒虫のメスの子はメスが幼虫の内に死んでしまう

性特異的な死は、遺伝的な性(ZZ/ZW)と性決定因子Osdsxの型が不一致となるときに起きていることから、雌雄で数が異なるZ染色体上の遺伝子の発現量調節異常が個体の死に関わっている可能性が考えられるという。ただし、死を誘導するメカニズムはまだ完全に解明されたわけではなく、研究グループではこれからの課題としている。