東京工業大学(東工大)大学院生命理工学研究科、タンザニア連合共和国水産研究所、国立遺伝学研究所、東京大学(東大)大学院新領域創成科学研究科の研究グループは、シーラカンスの全ゲノム塩基配列の解読に成功したことを発表した。

シーラカンスは1938年に南アフリカ共和国のカルムナ川河口において生存個体が確認されて以降、魚類と陸上四足生物をつなぐミッシングリンクになる可能性があると期待されてきた。これは、シーラカンスの外見が魚類に似ているものの、系統的には四足動物と近縁で、体の構造的には魚類と四足動物の中間段階的な特長が多く見受けられるためである。

こうした特長からシーラカンスは、魚類がどのようにして陸上進出を果たしたのかを知るための手掛かりであり、その遺伝子の解明が求められていた。すでに米ブロード研究所が東アフリカ・コモロ諸島の個体に対するゲノム解読を進めており、配列情報は公共データベース(DDBJ/EMBL/GenBank)にて公開されている。

今回、研究グループは、タンザニア共和国産シーラカンスの稚魚の鰓、心臓、筋肉からDNAを抽出し、次世代シーケンサを用いてその塩基配列の大規模決定を実施した。その結果、ゲノムサイズはおよそ27億塩基対でヒトを含めた哺乳類とほぼ同等であることが判明した。これは、これまでに配列が決定された魚類ゲノムの中では最大級のものとなるという。

今回のゲノム解読に用いられた個体と同腹のタンザニア産シーラカンスの稚魚(写真提供:東京工業大学)

タンザニア産シーラカンス成魚の剥製(東京工業大学蔵)

また、日本独自のプロジェクトとして決定したゲノムの中でも、最大級のものとなっており、マグロやメダカのゲノムサイズが約8億塩基対、フグのゲノムサイズが約4億塩基対と、ゲノムサイズも平均的な魚類ゲノムの3倍以上あることが判明した。平均的な魚類の反復配列の構成を調べたところ、シーラカンスに特有なものが約2/3を占めていたが、魚類タイプのものを多く残している傾向が見られたという。

さらにタンパク質をコードする遺伝子配列の大規模比較による系統樹を作成したところ、シーラカンスは四足動物に近縁であることを強く支持する結果が得られたという。この解析に用いたデータ量は、シーラカンスの進化に関する先行研究と比べて最大のものとなり、もっとも信頼性が高い結果であると言えると研究グループでは説明している。また、ゲノム中にタンパク質をコードする遺伝子が2万個以上みつかり、魚類タイプのものと四足動物タイプのものを合わせもつことも判明し、これにより機能的な面でも、シーラカンスが魚類と四足動物の中間的な特長を持つ生物であることがゲノムレベルでも示唆されたこととなった。

大規模な遺伝子配列データから作成した進化系統樹

研究グループでは今後、今回明らかになった全ゲノム塩基配列を、魚類、両生類、哺乳類と比較することで、陸上進出へのカギとなった形質の進化を明らかにしたいとしている。例えばシーラカンスのヒレ構造は魚類と四足動物の移行段階を示しており、この形質を詳細に研究することで祖先グループにおける四肢獲得のメカニズムに関して重要な知見が得られると期待されるという。

なお、シーラカンスの捕獲は、日本も批准しているワシントン条約によって禁止されており、今回の研究に使用されたシーラカンス個体は、2007年にタンザニア北部のタンガで偶然混獲された雌の体内から発見され、同国水産研究所によって冷凍保存されていた稚魚10頭をワシントン条約に基づいて許可を得た後に国内に輸入したもの。研究グループでは、今後さらに詳細な解析を追加し論文発表などを行っていく予定としているが、絶滅危惧種でもあるシーラカンスの重要性にかんがみ、現時点で得られた研究成果を早期に公表するために、今回発表を行ったとしている。

また、東工大の研究グループが最近発見した新しいシーラカンス繁殖集団についても、ゲノムにもとづく遺伝的多様性の解析を進めるつもりだとしているが、同棲息域の近海で世界有数の埋蔵量を持つ海底天然ガス田が発見され事業化の計画が進められており、同計画がシーラカンスの棲息環境と個体数に重大な影響を与えないような配慮を期待したいとコメントしている。