放射線医学総合研究所(放医研)は、アルツハイマー病に関連するタンパク質「アミロイドβ」の蓄積と神経細胞死に、タンパク質分解酵素「カルパイン」が密接に関係していることを明らかにしたと発表した。発見は、放医研分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラムの樋口真人チームリーダーらと、理研脳科学総合研究センターの西道隆臣チームリーダーらとの共同研究によるもので、成果は米科学雑誌「FASEB Journal」オンライン版に12月15日に掲載された。

代表的な認知症であるアルツハイマー病は、日本では100万人を超える罹患者がいると考えられており、病期の進行を食い止める治療手段が実現していない難治性の疾患である。

アルツハイマー病患者の脳では、小型のタンパク質であるペプチドであるアミロイドβが処理されずに繊維状に凝集して細胞外に蓄積し、「老人斑」と呼ばれる不要物の塊を形成してしまう。この老人斑が溜まるのにつれて神経細胞が傷害を受け、やがて死滅して脳の機能障害が起こるという流れだ。

この時、神経細胞中ではカルシウムの異常な増加が生じることが知られている。しかし、このカルシウムの乱れがアルツハイマー病の神経細胞傷害にどのように関わるのかがこれまでは不明だった。

今回の研究では、カルパインが細胞内のカルシウム増加に反応して活性化することに着目。カルパインは、細胞内に存在するカルシウム依存性のタンパク質分解酵素(プロアテーゼ)で、細胞内のカルシウム増加に反応して、構造タンパク質を切断したり、細胞死を誘導するタンパク質を活性化したりする機能を持ち、脳虚血における神経変異、がん転移、白内障などさまざまな病態への関与が報告されている。今回の研究は、カルパインがアルツハイマー病の病態メカニズムにおいて果たす役割を明らかにすることを目指して進められた。

アルツハイマー病におけるカルパインの活性化を調べるため、活性化したカルパインによって切断された細胞骨格タンパク質「αスペクトリン」を検出する抗体をまず開発。この抗体を用いてアルツハイマー病患者の死後脳を解析したところ、老人斑の周囲でカルパインが活性化していることが判明した(画像1)。

また、アルツハイマー病患者から採取した脳脊髄液中でも、カルパイン活性化により切断されたαスペクトリンの断片が増加しており、闘病中の患者の脳内でもカルパインが活性化していることが示された(画像2)。

さらに、遺伝子改変で脳に老人斑が形成されるアルツハイマー病モデルマウスにおいても、アルツハイマー病患者死後脳と同様に、老人斑の周囲でカルパインの活性化が認められた(画像3)。このカルパインの活性化は、神経細胞同士をつなぐシナプスにおいて生じていることが判明。カルパイン活性化によりαスペクトリンを初めとする細胞骨格タンパク質が切断され、シナプスの正常な構造が崩壊すると考えられたのである。

画像1。アルツハイマー病におけるカルパイン活性化その1・アルツハイマー病患者の死後脳。アルツハイマー病患者の死後脳における老人斑(アミロイドβを検出する抗体による免疫染色)とカルパイン活性化(カルパインで切断されたαスペクトリンを検出する抗体による免疫染色)の二重免疫染色像。老人斑を取り巻くようにカルパインが活性化していることがわかる

画像2。アルツハイマー病におけるカルパイン活性化その2・脳脊髄液。正常高齢者とアルツハイマー病患者の脳脊髄液におけるαスペクトリンの電気泳動像。アルツハイマー病患者では未切断のαスペクトリン(a)もカルパインによって切断されたαスペクトリン(b)も増加するが、切断されたαスペクトリンが特に増加するため、b:aの比は正常高齢者よりも大きくなる

画像3。アルツハイマー病におけるカルパイン活性化その3・アルツハイマー病モデルマウスの脳。アルツハイマー病モデルマウスの死後脳における老人斑とカルパイン活性化の二重免疫染色像。アルツハイマー病患者と同様に、老人斑周囲でカルパインが活性化している

次にカルパインの活性化がアルツハイマー病の病態に及ぼす影響を明らかにするため、カルパインの阻害因子である細胞内タンパク質「カルパスタチン」を産出する能力を欠損したマウスと、カルパスタチンを過剰に産生するマウスが作製された。カルパスタチン欠損マウスをアルツハイマー病モデルマウスと交配することで、カルパインの過度の活性化が起こるマウスが誕生したのである。同時に、カルパスタチン過剰産生マウスをアルツハイマー病モデルマウスと交配することで、カルパインの活性化が抑制されるマウスが誕生した(画像4)。

画像4。カルパイン活性化が起こりやすいアルツハイマー病モデルマウスと、活性化が起こりにくいモデルマウスの作製

アルツハイマー病モデルマウスは正常のマウスより寿命が短いのだが、カルパインの過度の活性化が起こると寿命がさらに縮まり、カルパインの活性化が抑制されると寿命が伸びて正常マウスに近づくことが判明した(画像5)。

また、カルパインの過剰活性化によって、老人斑の蓄積が起こる前の段階から神経の形態に異常が生じ、神経傷害が強まることも示された(画像6)。

画像5。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が寿命と神経傷害に及ぼす影響その1・マウスの生存率。アルツハイマー病モデルマウスは正常マウスより寿命が短いが、カルパインの活性化が過剰に起こると寿命はさらに短縮する。逆にカルパインの活性化が抑制されると、寿命は伸びて正常マウスに近づく

画像6。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が寿命と神経傷害に及ぼす影響その2・神経細胞の形態。生後6カ月齢のマウス脳を染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)した顕微鏡像。アルツハイマー病モデルマウスでは、カルパインの活性化が過剰に起こることにより、神経細胞の大きさが減少し、突起も縮れた異常な形態を呈する

交配マウスの脳を顕微鏡でさらに詳しく調べたところ、カルパインの活性化は、神経の損傷を加速するのみならず、老人斑形成も促進することがわかった。カルパインの過剰活性化が起こるアルツハイマー病モデルマウスでは、通常のモデルマウスに比して老人斑の量が多く(図7中央)、逆にカルパインの活性が抑制されたモデルマウスでは老人斑の量が少ないという結果が得られた(図7右)。

画像7。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が老人斑の形成と神経炎症に及ぼす影響その1・老人斑の形成(死後脳の顕微鏡像)。死後脳における老人斑の免疫染色像。15カ月齢のマウスで、アミロイドβに対する抗体を用いて老人斑を検出。アルツハイマー病モデルマウスで認められる老人斑が、カルパインの活性が強まると増加し、活性が抑えられると減少する

この老人斑の量の差は、生体脳の老人斑を可視化するイメージング薬剤を用いたポジトロン断層撮影(Positron emission tomography:PET)でも明瞭にとらえることに成功している(図8)。また、神経が傷害されるのに伴って脳内で炎症反応が起こるが、カルパインの過剰活性化によって炎症反応も強まることが、「炎症マーカー」(炎症に伴って増加し、生化学検査や画像検査などの手法により生体で検出できる分子)のイメージングによって判明した(図9)。以上より、カルパインが老人斑形成と神経傷害に及ぼす影響を生きた状態で評価できることが示されたのである。

画像8。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が老人斑の形成と神経炎症に及ぼす影響その2・老人斑の形成(生体PET画像)。生体脳における老人斑のPET画像。ピッツバーグ化合物Bという老人斑プローブを用いて撮像。正常マウスでは老人斑は検出されないが、モデルマウスでは記憶や学習能力を司る海馬などの領域で老人斑が認められ、カルパイン活性化が過剰に起こると老人斑がさらに増加する

画像9。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が老人斑の形成と神経炎症に及ぼす影響その3・神経炎症(生体PET画像)。生体脳における神経炎症のPET画像。AC5216という放医研が開発した神経炎症プローブを用いて撮像。正常マウスでは炎症は検出されないが、モデルマウスでは海馬などで炎症を認め、カルパインの過剰活性化により炎症が重症化し、神経傷害が強まっていることが示唆される

続いて、カルパインの活性化がなぜアミロイドβの増加を加速するのかを明らかにするため、アミロイドβの生成や代謝に関わる分子について調べられた。その結果、アミロイドβなどのペプチドを分解する酵素である「ネプリライシン」が、カルパインの過剰な活性化によって減少することが確認されたというわけだ(画像10)。

画像10。マウス死後脳の海馬で測定したアミロイドβ分解酵素ネプリライシンの量。生後2カ月のマウス脳切片を用いてネプリライシンの抗体による免疫染色を実施。ネプリライシン量は、免染色された細胞が領域に占める面積の割合(%)で算出。アルツハイマー病モデルマウスでカルパインの過剰な活性化が起こると、海馬でネプリライシンの減少が認められる

ネプリライシンは脳内では主としてシナプスに存在するが、アルツハイマー病ではカルパインの活性化がこのシナプスで起こる。カルパインがシナプスの正常な構造と機能を乱した結果、ネプリライシンが減少すると推測された。

国際アルツハイマー病協会によれば、2010年の時点でアルツハイマー病にかかる経済コストは世界のGDPの1%を占めると報告されており、認知症対策の重要性が高まっている。

アルツハイマー病におけるアミロイドβの蓄積が脳内のカルシウムの乱れを引き起こし、その結果起こる神経細胞中のカルパイン活性化が神経傷害の大きな要因となっていることが、今回初めて明らかとなった。それと共に、カルパイン活性化がアミロイドβの蓄積を加速して、その結果カルシウムの乱れが強まりカルパインがさらに活性化されるという、悪循環メカニズムも新たに判明した(画像11)。

画像11。アルツハイマー病の発症機構におけるカルパインの役割

このような病態の仕組みが発見されたことにより、将来的にカルパインの活性化を阻害する薬剤を用いることで、アミロイドβ蓄積から神経細胞死に至るアルツハイマー病の発症機構全体を抑制する、画期的治療法が実現すると考えられている。

さらに老人斑と神経炎症のPETイメージングによって、カルパイン阻害剤がアルツハイマー病の病理変化を抑制できるかどうかについて調べることが可能だ。PETはモデル動物でもヒトでも利用可能な技術であり、ヒトで治療効果を出すために必要なカルパイン阻害剤の投与量をモデルマウスで予測し、実際の臨床で病理に対する治療効果を評価できるようになると考えられている。

カルパイン阻害剤は神経傷害の治療薬として、研究機関や製薬企業により開発が進行中だ。研究グループは、今回の研究でアルツハイマー病の根本的な治療につながる薬剤となりうることが示されたことから、今後は抗認知症薬としても開発が進み、またPET画像をバイオマーカーとして治療効果の評価が進展すると期待されているとしている。