東京大学の研究チームは、細胞が自発的に死んでゆく様子を、細胞死シグナルの動きとともに生きた哺乳類の胚において捉えることに成功したほか、限られた時間内にかたち作りが円滑に完結するために、細胞の死が役立っていることを明らかにした。これにより、未だ不明な点が多く残されている胚発生における細胞の死が持つ意義が明らかにされたほか、ヒトでも見られる外脳症や二分脊椎といった神経管閉鎖異常による疾患の発症メカニズムの一端に迫ることができるようになると研究チームは説明している。同成果は、同大大学院薬学系研究科の山口良文 助教、同博士課程1年の篠塚直美氏、同三浦正幸 教授らによるもので、米国科学雑誌「Journal of Cell Biology」に掲載された。

生体内の様々な場面において、細胞が自発的に死んでゆく様子が認められている。特に個体発生期での細胞死は、どの領域の細胞がいつ死ぬかがある程度決められていることから、「プログラム細胞死」と呼ばれ、その厳密な制御が正常な個体発生において重要であると考えられてきた。例えば、プログラム細胞死の主要な様式であるアポトーシスは、細胞の断片化や核の凝縮を伴う形態学的特徴をもった細胞死の様式で、この実行因子カスパーゼの活性化が起きないよう遺伝子操作したショウジョウバエやマウスでは中枢神経系が肥大し異常な形態を示すことも、細胞死の重要性を示唆している。しかしながら、実際の生体内で、細胞の死に方や死ぬこと自体が周囲にどのような影響を与え、それがどういった意味を持つのか、という点には不明な点が多く残されていた。

今回の研究では、大量のアポトーシスが観察される現象の1つである哺乳類神経管閉鎖に注目した。神経管は脳や脊髄のもととなる器官であり、板状の神経板の左右両端が筒状の神経管となるように融合するという、神経管閉鎖を経て形成される。

マウス神経管閉鎖の模式図と実際の神経管閉鎖の様子。(A)神経板の両端がせり上がり、中央部で融合して表皮と分離することで神経管を形成する。(B)マウス胚での神経管閉鎖の進行図。脊椎と後脳の境界部(α)から頭と尾の両方向に進行するClosureIと、前脳と中脳の境界部(β)から両方向に進行するClosueII、それに前脳の最前端から生じるClosureIIIが順番に進行する。(C)固定サンプルでのアポトーシスの検出。神経管閉鎖中のマウス胚の後脳領域(Bの*)を背側から観察。緑で示したアポトーシスした細胞が神経板の端や融合後の表皮領域で認められる。マゼンタは細胞の核を示している

この神経管閉鎖が正常に完遂されることが、その後の中枢神経系の発生には必須であり、致死的な先天的奇形である外脳症や無脳症、また治療は可能だが発症率の高い水頭症や二分脊椎の原因の1つは、神経管閉鎖の異常であると考えられている。神経管閉鎖の過程では、神経板の融合部周辺で大量のアポトーシスが起こることが知られ、また、この時期のアポトーシスが減少したマウスでは頭部に神経管閉鎖異常が高頻度で起こることが観察されることから、頭部神経管閉鎖過程ではアポトーシスが重要な働きを担うことが示唆されてきた。しかし、実際にアポトーシスが頭部神経管閉鎖にどのような影響を与えるのかは全く不明であった。アポトーシスした細胞は通常すぐに除去されてしまい、取り出した胚を固定して調べるというこれまでの研究手法では、検出できるものはごく一部であったほか、神経管閉鎖は非常にダイナミックな形態変化をともなう子宮内で進行する現象のため、既存の研究手法では、アポトーシスの有無と神経管閉鎖の成否という結果の判定しかできず、両者の関係性を詳細に見ることができなかったためである。

そこで今回は、生体内におけるアポトーシスの検出の難しさという問題点を、超高速スキャン型共焦点顕微鏡を用いたライブイメージング技術と、独自に開発したカスパーゼ活性化検出蛍光プローブを組み合わせることで克服。これにより、哺乳類頭部神経管閉鎖過程とそこで起こるアポトーシスを同時可視化することに成功した。

カスパーゼ活性化検出蛍光プローブSCAT3を用いた神経管閉鎖のライブイメージング。(A)アポトーシス実行因子カスパーゼの活性化を生きたまま検出するための蛍光蛋白質プローブSCAT3。ECFPとVenusの間のリンカー配列の切断を指標に、カスパーゼ活性化を検出。(B)マウス胚頭部神経管閉鎖のライブイメージング観察系。(C)マウス胚頭部神経管閉鎖とその過程におけるアポトーシスのライブイメージング。神経管が閉じていく様子が確認できる。緑から青で示されるシグナルが、カスパーゼを活性化して死んでいる細胞

これらを活用した観察結果から、まず、哺乳類頭部神経管閉鎖過程においてアポトーシスした細胞には、少なくとも2種類のふるまいがあることが判明した。通常、カスパーゼ-3を活性化しアポトーシスした細胞は断片化しすぐに近傍の組織に呑み込まれることにより取り除かれることが知られているが、頭部神経管閉鎖過程ではこれらの断片化する死細胞(C-type細胞)に加え、断片化せずに組織から脱落し長時間そこに留まる細胞(D-type細胞と命名)があることが、ライブイメージングにより明らかとなった。

神経管閉鎖過程で観察された2種類のアポトーシス。(A)Cタイプのアポトーシス。カスパーゼの活性化後、速やかに細胞が断片化する様子が確認できる。矢印は1つの細胞においてカスパーゼが活性化している様子、矢頭は1つの細胞が断片化することで生じた小胞を示している。(B)Dタイプのアポトーシス。カスパーゼの活性化後も断片化を起こさずに、長時間その場に留まる様子が観察される(矢印)。(C)CタイプとDタイプ模式図。Cタイプはカスパーゼ活性化後、細胞が収縮・断片化し、速やかに消失する。Dタイプはカスパーゼ活性化も球状の細胞形を保ちながら、長時間その場に留まり続け、細胞の断片化を起こさない

さらに、ライブイメージングシステムにより頭部神経管閉鎖の速度の測定が可能となったため、この系を用いて解析を行った結果、これらのアポトーシスを阻害した場合には、頭部神経管閉鎖の速度が顕著に減少することを発見した。

神経管閉鎖の模式図と実際の神経管閉鎖の様子。頭部神経管閉鎖のタイムリットモデル。頭部神経管閉鎖は胎生8.5日目から9日目の間に進行、完了し、その後脳室の劇的な拡大が生じる。アポトーシス欠損等により頭部神経管閉鎖の進行がひどく遅延し完了のタイムリミット(赤点線)に間に合わなかった場合には、閉鎖に拮抗する脳室拡大方向への力が生じ頭部神経管閉鎖が完了できず、結果として外脳症等の神経管閉鎖異常を生じる

また、アポトーシス欠損時には頭部神経管閉鎖が一進一退する様子も観察されており、これらの結果から、アポトーシスは頭部神経板の形態変化に寄与することで、頭部神経管閉鎖の円滑な進行に貢献することが示唆された。

これらの観察結果は、いずれもライブイメージングを行うことにより初めて見出すことができたもの。正常な発生過程では、頭部神経管閉鎖の後に急激な脳室の拡大が生じてくるため、頭部神経管閉鎖が一定の時間内に終了することは、その後の脳の発生にとって非常に重要と考えられるという。このように、アポトーシスは円滑な形態形成運動の遂行に役立つことで、正常な脳のかたち作りに貢献していることが明らかとなった。

なお、今回の研究で開発したアポトーシスと哺乳類頭部神経管閉鎖動態の同時可視化システムは、頭部神経管閉鎖異常を示す多数のマウス変異体の解析にも応用可能であり、今後そうした解析を重ねることで神経管閉鎖を可能とする細胞動態の解明が期待できると研究チームでは説明しており、これにより、ヒトにおける神経管閉鎖異常疾患の発症メカニズムの理解とその予防にも貢献できる可能性があるという。また、今回の研究で樹立したライブイメージング系は、細胞の死に方の重要性が示唆されている免疫疾患や悪性腫瘍、さらには神経変性、心筋梗塞などの疾患研究にも貢献できるものと期待されるという。