住友ゴム工業、高輝度光科学研究センター(JASRI)、海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体、東京大学、防衛大学校の6者は12月12日、大型放射光研究施設「SPring-8」の高輝度X線と海洋研究開発機構のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用し、ゴム中のナノ粒子(シリカ)の3次元配置を精密に計測する技術の開発と、その成果を高性能・高品質タイヤ用の新材料設計のためのシミュレーションに応用することで低燃費タイヤの開発に成功したと発表した。

地球環境への国際的な関心が高まる中、自動車用タイヤに求められる性能も多様化・高度化してきている。2008年のG8北海道洞爺湖サミットにおいて、国際エネルギー機関(IEA)の最終報告書「Fuel Efficient Road Vehicle Non-engine Component」の中で、運輸部門におけるエネルギー消費の約80%が自動車によるものであり、燃料エネルギーの約20%がタイヤ転がり抵抗によって消費されているという報告があった。そのため、低燃費タイヤの普及が必要であることが提言され、それを受けて国土交通省および経済産業省により2009年に「低燃費タイヤ等普及促進協議会」が発足。国内乗用車夏用タイヤにおいては、ラベリング制度が2010年1月より実施されている状況だ。

このように低燃費タイヤの開発は地球環境保全という観点において非常に重要な位置づけとなっており、タイヤ低燃費技術の開発促進が強く望まれているのが今日である。一方、タイヤは路面と接触し変形を受けエネルギーロスすることでグリップ性能を生み出していることから、燃費性能とグリップ性能は相反する関係を持つ。その相反性能を高次元で両立する必要があり、今回の6者による大規模な研究が行われた次第だ。

ゴムにカーボンやシリカなどのナノ粒子を分散させると、強度や繰り返し変形時のエネルギーロスが増大する「補強効果」を示すことが知られている。この補強効果により高耐久・高グリップなタイヤの開発が可能となっているが、エネルギーロスの増大により燃費性能が低下してしまう相反性を有してしまうのが問題だった。

これら補強効果の起源は、ゴム中に形成されたナノ粒子(シリカやカーボンブラックなど)による階層的な凝集構造(ネットワーク構造)およびゴムに変形が加えられた際の凝集構造変化が密接に関係していると考えられている。

しかし、これまで多くの研究がなされてきたが、未解明な部分が多くあるのも現状であった。このようなナノ粒子の階層構造とゴムのマクロ物性を直接研究するためには、nmクラスからμmクラスの幅広いレンジでの構造情報を得ることが重要となるが、サブミクロン領域の構造(特に3次元構造)の観察手法がなく、これまでは研究が困難だったのである。

今回の研究では、SPring-8の高輝度X線を利用し、医学・イメージングIIビームライン「BL20XU」(画像1)にてカメラ長160mの「時分割2次元極小角X線散乱法(2D-USAXS)」の開発を進めた。2D-USAXSは、SPring-8の高輝度・高平行なX線を用いることで物質中の約100nm以上の構造体のサイズや形状を解析する手法だ。2004年に東京大学の雨宮教授とJASRI、住友ゴムによって共同開発された。

実験セットアップは図2の通りで、23keVのX線エネルギーを用い、試料を第1ハッチ、2次元検出器(6inch XRII-CCD)を第2ハッチに設置し光学系を最適化することで、カメラ長約160mの2D-USAXSの計測を可能としている。

この手法により得られた高精度データと、昨年竣工したフロンティアソフトマター開発産学連合ビームライン「BL03XU」および構造生物学IIビームライン「BL40B2」(画像1)の「時分割2次元小角X線散乱法(2D-SAXS)」を組み合わせることで、nmオーダからμmオーダにおけるゴム中のナノ粒子階層構造を解析が行われた。2D-SAXSは、SPring-8の高輝度X線を用いて物質中の約100nm以下の構造体のサイズや形状を解析する手法で、外場などを加えた際の構造変化など時間分割測定が可能。今回のX線エネルギーは8keV、カメラ長は3mで行われている。

画像1。SPring-8航空写真(BL20XU、BL40B2およびBL03XU)

画像2。ビームラインBL20XUでの2D-USAXS実験セットアップ図

これら2つのビームラインで得られた測定データを用いることで、数nmから5μmまでの幅広いスケールにおける高精度な構造情報を得ることが可能となった。シリカ配合ゴムの測定結果の一例が、図3~5である。

得られた2D-USAXS、SAXSデータを解析した結果、ゴム中に配合されたシリカ粒子は階層的な構造を形成しており、さらに高次な凝集構造がタイヤの転がり抵抗と密接に関係していることが判明した(画像6)。

画像3。シリカ配合ゴムの測定結果の2D-USAXS像

画像4。シリカ配合ゴムの測定結果の2D-SAXS像

画像5。2D-USAXSとSAXSを重ね合わせた一次元散乱プロファイル

画像6。高次凝集構造と転がり抵抗(低燃費性)との関係

また、それらSPring-8の高精度データから、ゴム中のシリカ凝集構造の3次元配置を決定しシミュレーションへの応用検討も行われた。シリカ凝集構造を可視化しシミュレーションのモデルとして適用するため、2次元散乱パターンに拡張した「2次元パターンリバースモンテカルロ法」(2Dp-RMC)の超並列コードを地球シミュレータ(画像7)にて開発することに成功した。2Dp-RMCを用いることで、これまでは観察できなかった大領域のシリカ粒子の3次元配置を、決定することに成功している(画像8)。

なお、リバースモンテカルロ法とは、液体金属などのアモルファス構造などから得られる等方的な散乱パターンの構造解析に用いられる手法だ。ゴムなどの場合、異方的な散乱パターンを与えるため、2次元散乱パターン全体(少なくとも第一象限)の解析が必要となり、計算規模が非常に大きくなるのが特徴である。

画像7。海洋研究開発機構の地球シミュレータ

画像8。2Dp-RMCにて決定したシリカ粒子の3次元構造

さらに、SPring-8の解析結果と地球シミュレータのシミュレーション結果を比較検証することで、画像9に示すマルチスケールシミュレーションを住友ゴム工業にて独自開発。コンピュータ上で分子設計を行い反応や結合およびそれに伴うナノ粒子の階層構造を予測することで開発のスピードアップすることが可能となり、これまでにない低燃費用新ポリマー「両末端マルチ変性ポリマー」の開発に成功した。

画像9。幅広い空間スケールでの解析を可能としたマルチスケールシミュレーション

その研究成果を活用し、住友化学と共同で開発したのが「両末端マルチ変性ポリマー」を応用した低燃費タイヤである(画像10)。同タイヤは、住友ゴム工業の従来製品に比べて、転がり抵抗で約39%を低減(JC08モード試験で燃費約6%を低減)、ウェットグリップ性能の約9%の向上を実現した。

住友ゴム工業では、SPring-8および地球シミュレータを活用して開発した今回の独自技術を「4D NANO DESIGN」(フォーディーナノデザイン:画像11)として位置づけ、高性能タイヤの開発への適用およびさらなる進化を進めていくとした。

画像10。今回の研究の成果を利用し開発した低燃費タイヤ

画像11。4D NANO DESIGNのロゴマーク