自然科学研究機構・生理学研究所(NIPS)は、慢性疼痛の発生により脳内の神経回路が短期間で頻繁な組み換えを行うことが確認されたと発表した。発見は同研究所の鍋倉淳一教授らの研究グループによるもので、成果は米神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」などに掲載。
慢性疼痛は、「脳が生み出す理不尽な痛み」とも呼ばれる慢性的な痛みのことで、急性期の痛みが過ぎた後も、3カ月以上にわたって引き続くのが特徴だ。その長く持続する痛みのため、患者は時に精神的な苦痛も感じ、日常生活に支障をきたすなど、社会的な問題にもなっている。
慢性疼痛は、急性期の末梢神経の炎症や損傷がきっかけとなって、脳の中に痛みを長く感じさせるような仕組みが生じることが原因と考えられてきた。しかし、脳の中で実際にどのような神経回路の変化が起こっているのかについては解明されていなかったのである。
今回、研究グループは、慢性疼痛の際には脳の神経回路が盛んに組み換わってしまうことを証明。これによって痛みの感覚が過剰になり、長く続いてしまうという脳内メカニズムを明らかにした。
研究グループは、まずマウスの脚の神経である坐骨神経が傷ついた神経因性慢性疼痛モデルマウスの脳を用いて実験し、2光子レーザー顕微鏡による観察を実施。そのマウスの脳の「感覚野」を調べたところ、末梢神経傷害による異常な痛み感覚により、感覚野の神経回路を作る神経と神経のつながり(シナプス)が神経の傷害後数日以内に劇的に変化し、脳内の神経回路の組み換えが活発に起こることを明らかにした(画像1~4)。
画像1。末梢神経の傷害の後、日数を追うとともに、痛みに対する感受性(痛みしきい値)が過敏になることを示したグラフ。1週間を過ぎた頃から、ちょっとした刺激でも痛みを覚えるようになる。ここでは荷重(g)刺激によって痛み反応を引き起こした |
画像2。慢性疼痛モデルマウスの脳(感覚野)の中の神経回路の様子を、2光子レーザー顕微鏡で観察した様子 |
慢性疼痛モデルマウスの組み換えが活発に起こる時期は、慢性疼痛モデルマウスの脳では、末梢神経の傷害後に起きる慢性疼痛の発達期の1週間以内。この時期に、脳内で神経回路の組み換えが活発に起きるのである。
なお、末梢神経の傷害前に存在していたシナプスは減ったり無くなったりしてしまうのに対し、逆に異常な痛み感覚に応じたシナプスが強くなったり、異常感覚によって新たに作られたシナプスがそのまま残ってしまうことも確認された。
さらに、研究グループは、こうした脳の感覚野の神経回路が変化することによって、実際に感覚野の神経の活動が活発になることも見出した。また、感覚野の神経からの過剰な出力を受け、情動などにも関連する「前帯状回」(ACC)の活動も活発となり、これが慢性疼痛を増強していることも確認されている。そして、慢性疼痛を起こしたマウスの感覚野の神経活動を抑えると、前帯状回(ACC)の活動も抑えられ、結果としてマウスの疼痛反応が減ることも確認された(画像5・6)。
今回の研究成果より考え出されたモデルは、以下の通りだ(画像7)。慢性疼痛の発達期に神経回路の組み換えが盛んに起こることによって神経回路が組み換わり、脳の感覚野の神経細胞が痛み刺激に対して過剰に反応するようになってしまう。また、この感覚野の神経細胞の過剰な痛み反応が脳の情動を司る前帯状回に出力されるようになり(画像7・右)、これによって、痛み感覚が増強し、慢性疼痛行動を生み出すものと考えられた。実際、感覚野の神経細胞の活動を薬によって抑えると、前帯状回の活動も抑えられ、慢性疼痛行動が減ることが確認されている。
研究グループでは、将来的に今回発見されたこうした神経回路の変化を狙った新たな慢性疼痛治療戦略を立てることができるものと期待されるとした。