理化学研究所(理研)は12月8日、人間の脳が1つの事象に対して「注意」を向けて集中を高める時、意味のある重要な情報だけを選別して感覚野から知覚野へ受け渡す「効率的選択」という脳のメカニズムが主に働いていることを、行動実験中のヒトの脳神経活動測定と理論計算によって明らかにしたと発表した。ここでいう「注意」とは、心理学用語で、ある周囲の事物や事象の特定部分、または心的活動の特定の側面に対し、選択的に反応したり注目したりするように仕向ける意識の働きを指す。
発見は理研脳科学総合研究センターGardner研究ユニットのジャステン・ガードナー(Justin L. Gardner)ユニットリーダーらによるもので、成果は米科学誌「Neuron」12月8日号に掲載に先立ち、日本時間12月8日のオンライン版に掲載された。
脳神経科学の分野では、脳が刺激に対してどのように「注意」を向け、集中するかについて盛んに研究が行われている。認知学的な行動実験でも、被験者が「注意」すると課題に対する正答率が向上することが確認済みだ。
具体的には、被験者は「注意」をすることで視覚のしきい値を意識的に下げて、今まで見えなかったものをよく見えるようにする。また。「注意」することで刺激に対して敏感になり、結果として反応時間が短くなることで、より早く応答できるようになるというわけだ。
これまで、どういう条件でどれくらいの「注意」によって人間の行動結果が向上するのか、さまざまな方法で検証がなされてきた。その結果、刺激に「注意」を向けている時に、行動結果が向上するとともに神経細胞の活動が増大することが判明したのである。ただし、この時の脳神経活動の定量化や、「注意」と神経活動の変化を意味づけた理論計算の研究はほとんどなかったという具合だ。
これまで、「注意」のメカニズムを説明する仮説には、「感覚増強説」、「ノイズ減少説」、「効率的選択説」などが挙げられている。いずれも目や耳から入ってくる雑多な情報を脳の感覚野で受け取った後、知覚野で意味のある情報だけを認知するメカニズムの仮説だ。
感覚増強説とは、感覚野で捉えたすべての情報を知覚野へ受け渡す時、「注意」を向けた刺激に対する感覚野の神経細胞群の反応性を上げることで、意味のある情報を選別しやすくするというもの。
ノイズ減少説は、刺激を受けた時に起こる脳全体の神経活動(ノイズ)を感覚野で減らした後、すべての情報を知覚野へ受け渡し、意味のある情報を選別しやすくするというものだ。
そして効率的選択説とは、刺激に対する感覚野の神経細胞群の反応性を上げ、それ以外の刺激に対する反応を遮って知覚野へ受け渡すというものである。
この3つをそれぞれ例えるなら、騒がしい居酒屋でラジオを聞こうとした時に、ラジオのボリュームを上げて聞こえやすくするのが感覚増強説。ラジオのチューニングを調節して聞こえやすくするのがノイズ減少説。ヘッドフォンでラジオ以外の音を遮ることで聞こえやすくするのが効率的選択説という具合だ。しかし、どの説が有力であるかの実証は、今までなされていなかったのである。
そこで研究ユニットは、脳の「注意」のメカニズムを解明するため、行動実験中の脳神経活動を測定して定量化し、さらに行動実験と脳神経活動の結果を組み合わせた新しい理論計算によって、「注意」に関する3つの仮説の検証を行った次第だ。
まず心理物理学的手法を用いて、ヒトが「注意」を集中している時と分散させている時の行動実験を行い、同時に大脳皮質感覚野の脳神経活動を機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)法で測定した。
行動実験では、被験者の「視覚コントラストの差」を見分ける能力を、コントラスト識別課題で測定(画像1)。具体的には、被験者は、スクリーンの四隅にある円の中に白黒の格子模様が入った図形(刺激)を、休憩をはさんで2回提示される。被験者は、刺激1と2を比べて、どちらのターゲット(緑色の矢印が指す図形)のコントラストが高かったかを回答するというものだ。
また被験者には、黒い矢印が示す図形に注意する指示を与え、Aの「注意」を集中している場合とBの「注意」が分散している場合において同様な課題を行う。なお、Aの場合において黒い矢印とターゲットは同じ図形を指すが、Bの場合において、あらかじめ被験者にはターゲットがわからない状態である。実験の結果、Aの「注意」が集中している場合と、Bの「注意」が分散している場合とで比べると、Aの方がより微妙なコントラストを判断できることが判明した。
被験者は、提示された2回の刺激の中の緑色の矢印でマークされたターゲット図形のコントラストの強弱を判断し、コントラストの高い刺激を選択する。被験者がかろうじてコントラストの違いに気づくレベルまで調整することで、視覚刺激の閾値を正確に測定することに成功した。
また、黒い矢印が指した図形に「注意」を向けるように被験者に指示をして、矢印が1つの場合(「注意」を集中している時)と矢印が4つの場合(「注意」が分散している時)に分けて識別課題を実施。結果、被験者は、わずかなコントラストの差でも認識できるようになるものの、矢印が1つの場合、つまり「注意」を集中している時の方が、より微妙な差でも認識できることが判明したのである。
この行動実験の間、fMRIを用いて脳神経活動を「後頭葉皮質」(脳の後側にある視覚を処理する部分)の第1次視覚野から第4次視覚野の部分を測定した(画像2a)。格子模様のコントラストが高いほど判別が容易になるが、fMRIで測定した視覚野の神経活動の大きさもそれに比例して増えることが確認された(画像2bの●)。
行動実験の結果とfMRIによる脳神経活動測定の結果から作られたのが、コントラストの視覚刺激とそれに応じた脳神経活動の関係性を示す「コントラスト応答関数」だ(画像2b実線)。その結果、「注意」を集中している時は、脳神経活動が活発になり、「注意」を分散させると脳神経活動は半分程度に減少することがわかったのである。
さらに、今まで提唱されてきた3つの「注意」メカニズム仮説の理論モデルを独自に作り、「コントラスト応答関数」に当てはめての検証も実施。すると、効率的選択説の理論モデルが実験データに最も当てはまる結果となった。つまり、「注意」を向けた意味のある刺激に対して感覚野の特定部分の脳神経活動が増大し、そのシグナルだけを選択的に知覚野へ伝え、それ以外の部位からの神経活動は遮る「効率的選択」が主に働いていることが確認されたというわけだ(画像3)。
今回の結果は、脳神経科学分野において謎だった「注意」のメカニズムの一端を明らかにし、複雑な脳の高次機能を解く手がかりとなる。つまり、ヒトがどういった仕組みで「注意」をコントロールしているかを探る上でのヒントをえることができたというわけだ。
研究ユニットは、今後のさらなる研究の進展により、「注意」を利用して伝えたい情報を効率よく伝達する方法を編み出すことができる可能性もあるとしている。また、注意欠陥・多動性障害(ADHD)のような発達・行動障害の原因解明にも貢献することも期待できるとした。